第8話 記憶3

第8章  記憶3


 解放。それは僕が中学1年の時だった。

 父が、田園都市線の駅のあたりにアトリエを作ったからだ。

 両親は別居生活になったのだろう。

 それからは家に帰ってこなくなった。厳格な父が帰ってこなくなったことは、わが家の自由化と民主化を意味した。喧嘩と説教の絶えない冷たい家庭に、GHQの進駐軍はキャンディーやチューインガムを持ってやってきたような開放感を与えてくれた。


野球もやめ、バスケットボール部を早々とドロップアウトした僕に、母はギターを買ってくれた。ヤマハの黒いアコースティックギターでピックアップがついているエレキ仕様、通称「エレアコ」だ。

金色の弦が輝く、新品の黒いギター。

学校を早々に引き揚げると、毎日コードを押さえる練習に励んだ。幸いに指が長い僕は、Fのコードにも指は届いた。要はそれより、いかに手首を前に持ってきて、楽にコードを押さえられるようにするか、だということはすぐにわかった。

4分音符でAAAABBBBCCCCDDDD・・・まだ音は擦れて和音を成さない。そんな日々が何カ月も続いた。

さて、何の曲をコピーしよう? コードをひと通り覚えると、次にやりたくなるのはまず、曲のコピーだ。

80年代当時は、音楽もバブル期を迎えまるでパラダイスだった。

M・ジャクソン、マドンナ、シンディー・ローパーなるポップ陣。

ボンジョヴィ、モトリクルー、ヴァンヘイレン、ホワイトスネイク・・・なるHR陣。

アハ、ワム、D・ボウイ、U2、プリンス・・・切りのないスーパースター。

レベッカ、ボウイ、バービーボーイズ、米米クラブ、サザン、YMO・・・なる邦楽陣。

聖子ちゃん、キョンキョン、CCB、チェッカーズ、おニャンコ・・なるアイドルたち。

僕は、堰を切ったように、貸しレコード屋に足を運び、次々とカセットテープへとダビングしていった。

もちろんFMラジオでエアチェックは欠かさなかった。

聞いているうちに、いかにギターのコピーが難しいかがわかった。

それにエレアコにはどれも弾くのに限界があるのだ。

まだ耳コピもできない腕前。散々聞いて、これしかないと思ったのは、「ビートルズ」だった。

母が持っていたレコードやテープを聞いて雷に打たれたような衝撃を受ける。これなら弾けそうだ、しかもかっこいい。アルバムを聞いてもどれも1度は聞いた事があるシングル曲ばかり。よくもまあこんなキャッチーなメロディーが次々と浮かぶもんだ。似たような曲なんて1つもないのである。

さっそく楽譜を買ってもらった。

初めて弾こうとしたShe Loves You.

結局弾けたのは、Let It Be.

気にいった曲は、She Said She Said.

感動したのは、Strawberry Fields Forever .

好きなアルバムは、Revolver.


M市というニュータウンの街の団地に引っ越していた家の狭い四畳半で、僕は毎日、練習に励み、近所迷惑だと思われる音量で、ギターをかき鳴らした。

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