第6話 記憶2

第6章  記憶2


僕は子供のころはよくいじめられた。

体は大きいのに、気が小さかった。

図工の時間に、父はプロが使う木製の高級絵の具箱を買ってよこした。これを持って行け、というのである。嫌な予感がした。50色はあろう絵の具。案の定いじめられた。木製の木箱が貧乏くさく見えたのか、古めかしく見えたのか、

「なんだこれ、清水んちは、絵の具バッグが買えないんじゃねーの?」きゃははははは、という笑い声。

当時はビニールでできた、緑色の絵の具バッグが定番だったのだ。

普通の家に生まれたかった、安っぽい絵の具バッグが欲しかった。

普通の4本セットの彫刻刀が欲しかった。


夏の自由研究。僕は、山形へ来て、貴重な昆虫を採集して、標本にすることに夢中になっていた。これには、祖父母の薬局にくるヤクザのお兄さんが、協力してくれることになり、山奥の広葉樹林の本当にてっぺんにしか飛んでいないミドリシジミチョウの仲間や、チョウセンアカシジミ、高原にしかいない天然記念物のウスバシロチョウ、日本の国蝶オオムラサキなどを採ることに成功した。

当然プロしか使わないような20メートルはあろう捕虫網や、捕獲したチョウをしまうパラフィンの三角紙、羽を広げ乾かす天翅板、ガラスの標本箱など、ちょっとヤクザさんでもいない限り揃わない装備を与えられた。

9月。学校に持って行った昆虫の標本は、散々な酷評にあう。まず普通のガキは、それがどんな貴重なのかがわからない。目もくれない。カブトムシやクワガタ、モンシロチョウで充分なのだ。

先生に至っては、

「清水君、すごいけどこれはちょっとやりすぎだな。生態系を壊しているよ」まわりから、あざけるような笑い声。


次の年は、昆虫はやめて植物に切り替えた。蔵王の麓で牧野富太郎翁の大図鑑片手に、漢方の材料になる希少植物を押し花にしていった。植物名はもちろん、漢方で使う際の薬名(ブクリョウ、オウレンゲトウ、カッコントウ・・・)を書きそれぞれ使用法、分量による効能など細部に至るまでを祖父に訊きながら、100種ほど標本にしていった。

これも酷評。まわりのガキどもは

「意味が分かんない」「頭おかしいんじゃないの」

先生は、「ふーん。がんばったね」の一言。

もし褒めてくれたら今ごろ未来は変わっていたかもしれない。

僕はもう普通のスポーツ少年にでもなるしかなかった。


自分では野球を好きでやったわけじゃない。小4で父が、

「塾に行くか、野球を極めるか、どちらかにしない限りお前をこの家には置いておけない」と言う。理不尽極まりない命令。

しかたなく僕は野球を選んだ。中学受験なんてまっぴらだ。恵まれた体型で小5には4番でピッチャーになった。でも嫌いだった。週末の練習前日には、決まって腹が痛くなり、胃もいたんだ。試合でのプレッシャーが大嫌いだった。

それでも野球で頭角を現すといじめはピタリとやんだ。


習字の時間にくだらないガキからかわれたので、墨を擦っていた硯で相手の顔面を砕いてやった。鼻血と墨汁でべっとりとした相手は鼻の骨を折っていた。さらにいじめは減って敬語を使われた。男の子は知性より暴力が武器だってことがやっとわかってきた。


そう。頭がいいよりも権力や暴力がある方がモテる年頃なのだ。

中学になると、野球部は坊主頭にするという不文律がさっぱり意味がわからず、有無も言わせず野球をやめた。馬鹿らしい慣習。またしても僕の興味を削いでいった。

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