常連さんはバイトの恋に気づけない
家宇治 克
常連さんはバイトの恋に気づけない
ヤマモトは緊張しながらレジを打っていた。
夜の十一時半に買い物する客なんて珍しくない。雑誌や菓子類なんて飽きるほど打った。カフェラテくらい
だが、緊張していた。
相手がサカキさんだったからだ。
艶やかな黒髪に、華奢な体。いつもつけている赤のストールに、今日は白いワンピースを合わせている。誰もが振り返るような美人に、惚れない男がいないわけで。
「今日は天気良かったですよね〜」
ヤマモトが話しかけると、サカキさんはニッコリ笑って「そうですね」と返した。
「超晴れてたじゃないすか。いい天気過ぎて俺昼ずっと寝てましたよ」
「あら、いいですね。私は講義があったのでお昼寝出来ませんでした」
「あっそうなんですね。お疲れ様です」
そしてヤマモトは仕掛けた。
「いやぁ、サカキさんと話してると楽しいっすね。今度食事でもどうですか?」
ヤマモトは心の中でガッツポーズした。しかし、サカキさんは手強い人だった。
「そうですね! 大勢で食事するの好きですよ!」
サラッとしたデートの誘いに大砲をぶち込んでくる。見事に命中したヤマモトは「楽しいですもんね」と弱く返した。
しかし、負けじと会話を続けた。
「そういえばサカキさんは大学で何を勉強してるんですか?」
「教育学部で英語を。結構楽しいんですよ」
「へぇ! 俺も教育学部なんですよ。数学なんですけどね。英語ですか〜」
「ヤマモトさんも教育学部ですか〜。でも大学違うのかな? 大学で見たことないや」
「俺も教えてもらおうかな〜、なんて」
「あぁ、駅から五分ですよ」
──大学の場所ちゃうねん……!!
ヤマモトは項垂れて歯を食いしばった。
サカキさんは「大丈夫ですか?」とヤマモトを心配する。
ヤマモトはパッと顔を上げ、さっきまでの笑顔に戻ると、レジ打ちをしながら会話を続行させる。
「そういえば、夕方そこで事故あったらしいですよ。危ないですね」
「玉突き事故があったとか。あれ巻き込まれたらヤバいですよね〜」
「もしサカキさんが事故に遭いそうになっても、俺が守るんで」
「私免許持って免許持ってないんで事故に遭いませんよ?」
「……歩いてても、巻き込まれることあるじゃないすか」
「柔道習ってるんで、投げ飛ばせますよ」
──車をですか!? 危ないよ相手が!
ヤマモトは自覚した。
サカキさんはとんでもないフラグクラッシャーだと。いくつも振り撒いた『トキメキ台詞』をいとも容易く潰していく。
サカキさんは雰囲気を汲めないと───!!
何とか自分の想いに気づいて欲しい。ヤマモトは会計を済ませるまでに思考を巡らせる。
どんなに漫画に出てくるような台詞を言ってもダメだ。彼女は全てを潰してしまう。ならばどん言葉をかければいいだろうか。
彼女を振り向かせる一言を……。
(普通に言えばいいんじゃないか?)
よくよく考えたら、ヤマモトは一度もサカキさんに「好きだ」と言っていなかった。
それとなく好意をチラつかせ、相手に察しさせようとすることしかことしか考えていなかった。
ヤマモトはその結論に辿り着くと、サカキさんに釣り銭を返し、カフェラテに蓋をした。
そして、渡すと同時にサカキさんに「あのっ」と声をかけた。
「付き合って欲しいんですけど」
顔が火照るのが分かる。
汗をかく手がサカキさんに触れていた。
サカキさんはしばしキョトンとしていたが、カフェラテを受け取ると、「いいですよ」と返した。
ヤマモトは舞い上がった。天にも登る気持ちだった。もうこのまま帰って小躍りしたい。それくらい舞い上がっていた。
「ほっ、本当ですか!」
「ええ、どこにですか?」
ヤマモトのテンションは急降下していく。サカキさんは首を傾げてヤマモトを見つめていた。
「えっ、どこに?」
「どこかに行きたかったんじゃないですか?」
ヤマモトはさっきのことを思い出した。
サカキさんはフラグクラッシャーである。
「また明日来ますね〜」
サカキさんはにこやかに帰った。
ヤマモトはサカキさんに手を振り返し、バックルームに入った。
ヤマモトは近くの椅子に座ると、そのまま
これで二十五連敗目。今日もサカキさんはヤマモトの想いに気づかなかった。
常連さんはバイトの恋に気づけない 家宇治 克 @mamiya-Katsumi
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