飾志保はあざと可愛い

黒宮涼

飾志保はあざと可愛い

 学校の図書室で本を読んでいると、誰かが小さく呻る声が聞こえてきた。

 神田誠かんだまことは集中が切れるのが嫌で、椅子から立ち上がりその声がするほうへと歩いて行った。

 並んだ本棚を二つ通り過ぎると、ある光景が目に飛び込んできた。


「んー。んー」


 女の子が一生懸命に背伸びをして、高いところにある本を取ろうとしている。

 しかもよく見ると、彼女。クラスメイトの飾志保かざりしほだ。

 飾は身長が低い。正確な数値は知らないが、クラスメイトの中で一番と言っても良いだろう。


(しかしこの光景。なんてあざといんだ!)


 伸ばされた手から少しだけ見える飾の腕。上にあげられて突っ張る紺色のブレザーからはみ出したように見える茶色のカーディガン。一緒に持ち上がるスカートはいつも以上に短く見えて、そこから伸びる生足とこれまた紺色のハイソックスが曲線美を描いている。ローファーは靴の裏が半分見えてその必死さをアピールしているようだ。


(なにこれ。あざと可愛い!)


 好きな女子が困っているところに出くわすとか、とんでもないラッキーである。

 誠はにやけそうな口元を右手で覆った。

 飾はそんな誠にまだ気づいていない様子だった。

 誠はスマホを取り出して動画を撮りたい気持ちを抑えつつ、飾の後ろにそっと立つ。

 誠の身長では飾のとろうとしている本は、見上げるまでもなく視界に入ってくる。


「あともうちょっと……」


 呟く飾の右手の中指が、背表紙に触れていた。どうやら花言葉の本をとりたいらしい。

 誠はその本を飾の代わりにとってやる。


「え!」


 飾は驚いて声を上げて、そのまま誠のほうに振り向いた。


「神田く……っ」


 大きな声を出そうとした飾を止めるように、誠は持った本を飾の頭の上に横にして乗せる。本は飾の頭の上でバランスを崩し、滑り落ちる。飾はそれを受け止めると、もう一度誠を見上げてくる。


「しー」


 誠は自分の口元に右手の人差し指を当てた。

 彼女はそれに気づくと、恥ずかしそうに本で口元を隠した。

 それから声を出さずに彼女はこういう。


「あ・り・が・と・う。で・も・こ・の・ほ・ん・じゃ・な・い」


 誠は目を丸くした。


(しまった。間違えた!)


 誠は今にも叫びだしたかったが、なんとか堪えた。


「ご・め・ん。と・り・な・お・す。ど・の・ほ・ん?」


 誠は声を出さずに返す。

 すると飾は首を横に振った。


「い・い。か・ん・だ・く・ん・が・とっ・て・く・れ・た・ほ・ん・よ・む」

(なにそれ。俺を萌え殺す気か!)


 誠はそう思いながらも平静を装い、「そ・う・か」と返した。

 誠が席に戻ろうとすると、飾は何故か誠の服の袖を引っ張ってきた。

 首をかしげると、飾は声を出さずに言った。


「と・な・り・で・よ・ん・で・い・い?」

(もちろん!)


 飾のあまりの可愛さに悶絶しそうになりながら、誠は無言で頷いた。

 席に戻ると、誠はしおりを挟んだ読みかけの本を開く。

 しかし、隣にあの飾志保が座っているのだ。集中できるはずがない。


(やばい。やばいって。なに。飾は本当に俺が取った本読んでるの。その本読みたかった奴じゃないんじゃないの。もしかして俺に気があるの? 何かの陰謀? 俺、明日死ぬのかな)


 などと考えていると、飾が再び誠の服を引っ張った。飾のほうを見ると、指で下を見るように促された。


『どうしたの。顔赤いよ。具合悪い?』

(今度は筆談!)


 飾が見せたのは白いメモ用紙に書かれた文字だった。

 誠は思わず本を閉じる。


(もう耐えられない!)


 誠はそう思い、飾が置いたボールペンで飾の書いた文字の下にこう書いた。


『そうみたい。保健室行ってくるわ』


 誠はそそくさと本を持ち、カウンターで貸し出しの紙を書いて図書室を出る。廊下に出た瞬間、ふうっと息を吐いた。


(なんだよあれ! 心配してくれるとか、可愛すぎか!)


 誠は思わず顔を両手で覆った。その顔は、先ほど飾に指摘されたとおり真っ赤だった。顔は火照り、胸の高まりはしばらく収まらなさそうだった。


「神田くん」

「うあっ。はいっ」


 突然。後方から飾の声がして、誠は身体を強張らせた。心臓の音が周囲に聴こえてしまわないか心配になった。


「具合悪いのにごめんね。本、ありがとうね。保健室一緒に行こうか」


 飾は上目づかいで、誠を見上げて言った。肩まで伸びた髪の毛が揺れる。


「い、いい。一人で行ける。たぶんただの風邪」


 誠が首を横に振って断ると、飾は頬を少し膨らませる。


「もう、そんなこと言って。途中で倒れたらどうするの。いいから行くよ」


 飾はそう言って、俺の右手をとって歩き出す。

 飾の冷たくて小さな手が、誠の手に触れている。

 身長差があるので誠は中腰になって飾の後ろをついて歩くしかなかったが、それがちっとも苦ではなかった。


 (飾。顔が赤いのはお前のせいだよ)


 そんなことを思ったが、誠にはしばらく言えそうもなかった。

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