第3話 彼女はイタズラがお好き
「チクショウっ!恨むぜ神さまっ……!」
迂闊だった。
魔物がいる世界とは聞いていたが、まさかフォルトゥーナの言う通り到着してから5分と経たずに遭遇するとはっ!
対話が成り立たない分、人間よりもよっぽど警戒しなくてはならなかった筈なのに、あーもう、俺ってばなんて馬鹿。
脱兎の如く兎から逃げるなんて冗談にしたってタチが悪いぜ。笑えない。ほんっと。
走りながら振り返ると、兎型の魔物は、ぱうぱう叫び、軽快に飛び跳ねながら、こちらへ追従している。
だが、この森の中だ。お互いの体の大きさを鑑みるに、機動力はこちらに分がある。
辛々、振り切れそうな予感はあるのだが、果たして……。
いや、この逆境を簡単に打破する方法なら一つ。
あるには、あるのだ。
神より賜わりし神殺し。
凡そ、人が持つべきではない天外の法。
ー神撃ー
……でもなぁ〜、それをアイツに撃つかぁ?
これは、言っちまえば核爆弾。
この危険な世界、良くない者から己の身を保証してくれる5回きりの力。圧倒的抑止力。
生涯、使わないに越した事はないし、使うにしたって、真に
今はまだその時じゃあ無いと思うんだよな。
全力で頑張ればなんとか逃げ切れそうだし、アイツは……なんか序盤のモンスターっぽいし。
某有名RPGで例えるならスラ○ム相手にマダ○テぶっ放すバカがいるかよ、ってなハナシなんだわ。
要は只のもったいない精神である。
俺の見せ場はまだまだお預け。すまんね。
「よ、よし……。何とか、撒けたな……。ふぅ」
「ぱうっ!」
なんてこったい、2体目だ。
エンカウント率どうなってんだよ。クソゲーかよ。
「ばるるるるっ!」
新たに現れた兎は、目にも鮮やかな水色だった。
威嚇音を察してか、背後からピンク色も追いついてくる。
退路と進路が絶たれた……?
「ばるるるるっ!」
「ばるるるるっ!」
ピンク色と水色の輪唱。
親の仇であるかの様に、敵意を剥き出しにしている。今にも飛びかかってきそう。
思わず、天を仰いだ。
「そうか、そうか、つまり君たちはそんなやつらなんだな。あぁ!だったらいいぜ!!?目にもの見せてやるよ!!」
さっき言った事は訂正だ。今こそ
5回きりの力?知った事かい。奴らは俺を怒らせた。
ターゲットは進路方向にいる水色の兎。
放つと同時に全速力、一気に森を駆け抜ける!
扱い方は不思議と頭に入っていた。
右の掌を標的へ。左手は右手首に添えておく。
あとは神撃と唱える。それだけだ。
兎どもが同時に迫る。
右手の甲に浮かぶ紋様が怪しく光る。
声高らかに宣言する!
──食らいやがれってんだクソ兎!
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!神、撃──
「その場で伏せるといいですの!」
即座に伏せた。と、
フワリと、蒼穹より隣に降り立つ、影一つ。
黄金の髪が、風に揺れる稲穂の様にゆらゆらと靡いた。
刹那、エメラルドグリーンの瞳が交錯する。
天女の如き、微笑みを湛えていた。
──余りにも美しい光景だった。
生涯忘れ得ぬものになるだろうと、確信する程に。
両手を翻し、その場で楽しげにクルクルと回転し、そして彼女は言い放つ。
それは、この世界に来て初めてお目にかかる、魔の付く力だった。
「
激しい焔が彼女の両手から迸り、あたり一帯の全てを際限なく飲み込んだ!
全て、とは誇張でも何でもなく兎どもは勿論の事、すぐ近くにいた俺や彼女自身でさえも例外なく……っておいおいおい!!
「あつっ!あっつ!あっつぅい!ばかっ!これっ止めろオイっ!!」
「ん〜?んふふっ、何を踊ってますの?その動き、とっても笑えるのです」
悪魔かこいつ!?
とても先程までは、神にすら見えた女とは思えない。
やはり真に警戒すべきは魔物ではなく人間だったか。
身に纏わり付く炎を何とか消し去ろうとその場でジタバタ藻搔いていると、ふと気付いた。
おや?何だか全く熱くないような…?
不思議に思い彼女を見やると、限界だとでも言うように、お腹を抱えてケタケタと笑っている。
うーむ、これは一体どういう事だ?
彼女は一頻り笑った後に、指をパチンと鳴らすと、一面の炎は夢幻の如く霧散した。
ついでに兎どもの姿も消えている。
「はー、ごめんごめん。あれはコケオドシの炎なのです。とりわけ低級の魔物を追い払う為に使われる魔法なのですけれど。お陰で助かったでしょう?」
「そりゃ助かったけどさぁ。もうちょっと冴えたやり方は無かったのか?危うく二度目の心臓麻痺でポックリ逝くとこだったぜ」
「あら、まるで一度死んだ経験でもあるかの様な言い草ですの」
あるんだよなぁ実際。
ただ、まー、言わない方が良いんだろうな。
異世界からの来訪者とは、果たしてこの世界では珍しいものなのか。
まだ何も分かっちゃいない内は、余計な波風を立たせる言動はノー・グッドである。
いつか、全てを晒け出せる仲間が出来ると良いな。
「それにしても
「あれ
「うーん、そんなハズはないんですけど」
むむむっ、と腕を胸の前で組み、人差し指を下唇に当てながら彼女はその場で考え込んだ。
なんというか、絵になる女だよな。
よくよく見れば、垂れた目元の泣きぼくろが妙に色っぽかったり。
服装も動きやすい様にか、簡略化されてはいるが、元は豪奢なドレスコードと見える。あと、何より巨乳だ。
ちょっぴり意地悪なのはさて置き、意外と良家の御令嬢だったりして。
しばらく唸った後、ま、今は考えても仕方ありませんの。というのは彼女の言である。
難しい性格じゃないのはありがたい。
こちらとしては聞きたい事がゴマンとあるんだ。
街にだって案内して欲しいしな。
今更だが、言葉が通じるのは幸いだった。
恐らく神さまパワーなのだろうが、フォルトゥーナには、ありがとうを贈りたい。
とりわけ、真っ先に尋ねておきたい事は、やはりコレだ。
「ところでアンタ、あー、いやいや。先にこっちが名乗るのが礼儀だよな。こほん。私の名は黒羽 六。気軽にロク、とでもお呼びください。お嬢様、お名前は?」
恭しく頭を垂れ、片膝は地面へ。
俺が礼儀正しいと思う最上級の所作であったが、しかし彼女の反応は芳しくなかった。
うぇーっ、と舌を出し、手をヒラヒラと。
「そのキッショい喋り方やめてほしいのです。今まで通りで結構。ただ、まぁ。その心意気は見上げたものなのです。褒めてあげましょうね。ご褒美として、私の靴を舐めなさい」
「だーれが舐めるかバァカ。いいからさっさと名前教えろっての」
クスクスと彼女は含んだ笑いを漏らした。
いいね。お互いが冗談を言い合えるようなこの感じ。なんだか仲良くなれそうな気がするよ。
捻くれ者同士、フィーリングが合うのかもしれない。歳も近そうだしな。
彼女もそう思ってくれていると、俺は嬉しいが。
彼女は愉快そうにクルッと回り、切り株の上へと降り立った。
眉目秀麗、天衣無縫。
ドレスの端をつまみつつ、飄々と、且つ大仰に。
彼女はその名を口にする。
「御機嫌よう、
私の名はドロッセル=ヴィ=ヴァンデール。
──フィーリングが合うだって?
どこの誰がそう言った?
異世界初の遭遇者は
やんごとなきお嬢様だった。
「どうかよろしく、クロバ=ロク」
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