私が好きなの?猫が好きなの?

水谷一志

第1話 私が好きなの?猫が好きなの?

 一

 私は嫉妬している。

 その嫉妬の対象は…、彼の飼っている猫だ。

 だいぶん前から私は彼と同棲している。彼とは長い付き合いになるが、今では彼は立派な社会人で、彼は家に帰ってきてはいつも、

 「ただいま!」

と言ってきれいな歯並びの白い歯を見せて笑うのだ。

 そして私はその時に実感する。私は彼に愛されていると。

 『私も君のことが大好きだよ!』

私は心の中では何度もそう言っているが、少しばかりの気恥ずかしさもありなかなか声には出せない。

 『今日は仕事どうだった?』

『疲れてない?』

私は何度も心の中でそう彼に言うが、やはりなかなか声には出せない…私は無口な方なのだろうか?

 でもその代わり、私は彼に思いっきりの愛嬌を振りまいている…つもりだ。

 そしてそんなシャイな私を、彼はいつも強く抱き締めてくれる。

 そう、私はそんな小さな幸せがこれからもずっと続く。そう思っていたのだ。

 「あいつ」がうちの家に来るまでは。


 二

 「あ~タマちゃん、帰って来ましたよ~!」

彼は家に帰って来るやいなやあいつに話しかけ、あいつをギュッと抱き締める。

 私はそれを見てやはりジェラシーを感じてしまう。

 …あいつがうちの家に来たのはほんの2週間前くらい。しかしその2週間で、私は彼の「違う一面」を見た。

 とは言っても彼の態度が豹変したとか、ましてや私がDVを受けたとかそんな話ではない。

 ただただ、彼は「猫好き」であったのだ。

 「あっ、タマちゃん、そこでおしっこしちゃダメですよ~!」

そして彼は「タマ」という至極ベタな名前のそいつの前では、私には見せてこなかった「赤ちゃん言葉」や態度になる。

 そう、彼はその「タマ」を溺愛しているのだ。

 そして私は分からなくなる。

『私と猫と、どっちが大事なの?』

 …と。


 三

 そしてそれはある日のこと。彼が仕事に行っている間、私はタマと2人きりになる時間がたまたまあった。

 そして、本当はいけないことかもしれないけれど、私はタマに自分の気持ちをぶつけてしまう。

 『タマ!答えなさいよ!あんた彼のことどう思ってんの!?』

 …しかしと言うか案の定と言うか、タマは何も答えない。

 『…何とか言いなさいよ!』

 …タマは猫だ。猫に私の言葉が通じるはずはない。

 しかし私はタマに対する追及を止めることができなかった。

 そして私はタマに暴言を浴びせてしまう。するとタマの方もその気配を感じて怒り、

 「ニャーーーーーーーーー!」

と叫び声をあげる。

 また間の悪いことに、そんなタイミングで彼が帰って来て、私は怒られることになった。


 怒られた直後はしょんぼりした私だが、それと同時に、

『これだけははっきりさせておかないといけない。』と思った。それは、

 『あなたは、私の方が好きなの?それとも猫の方が好きなの?』

 ということである。

 …怒られた直後は言えなかったが、これをはっきりさせないと私の中のモヤモヤは消えない。

 だから明日、彼が帰ってきて時間がある時にしっかり訊いてみよう。

 私はそう決心した。


 四

 彼、正彦(まさひこ)は彼の『実家』から会社に通っている。

 そしてその日、彼が仕事から帰ってきた後、彼はたまたま仕事が休みだった父に呼び止められる。

 「何?父さん。」

「お前、どうでもいいと言えばどうでもいい話だが…。

 うちの『犬』と『猫』、どっちが大事なんだ?」

「…急に何だよ?」

「いや前から飼っていたうちの犬、お前が猫を飼うようになってから何か言いたそうだぞ。」

「…そう、かな?

 俺、犬も好きだけど、やっぱ猫派、かな。」


 ※ ※ ※ ※

 彼の答えを聞いた私は泣きそうになり、こう叫んだ。

 「…ワン!」 (終)

  

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私が好きなの?猫が好きなの? 水谷一志 @baker_km

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