十九分六秒二時間

エリー.ファー

十九分六秒二時間

 幽霊なんていう仕事はまずない。

 勘違いをしてはいけない。

 あのような形のないものに、お金を払う人間はいないし、仮に現世にいたとしてそれを雇うというメカニズムを作り出す方がかなり問題がある。

 人によっては、何が大切かを分からないまま、幽霊になることもある訳で、生前の内にそのような哲学は是非、持ち合わせてもらいたい。

 そのまま、彼岸まで。

 彼岸までですか。

 はい。

 では、彼岸まで。

 タクシーにのって彼岸に行くのは最早当然。河を渡るなど誰もしなくなった。実際、着物は濡れるし、髪の毛は濡れるし、余りにも冷たいし。ただ、ここで余裕があるのであれば、是非あたりを見ました頂きたい。景色はかなりいいのである。

 なんともいえないよう霞がかった世界の中に赤い彼岸花が咲き乱れる。

 長く見ていると気をやってしまいそうになるが、それがいい。

 それくらいの赤が視界に映ったほうが死んだ甲斐があるというもの。

 すぐさま、簡単な手続きを終えて先に向かうと、今度はタクシーを降りた先に門がある。

 この門を通る時には、基本的にお金は持ってはいけないし、思い出も持っていてはいけない。あくまで生前のものというのは俗に塗れたものであるので、持ち込みは不可ということになる。この背景にはそのようなものを持ち込んだ場合、中で、生前の未練を断ち切って生活している者たちの心の妨げになると考えられるためだ。

 それはそれはよくできた制度であると思う。

「あたしも、説明したい。」

 何が。

「あたしも、説明しゅりゅ。」

 この門をくぐった先には、大きな釜がある。そこに幽霊たちは皆、飛び込むことで、最後となる俗世間、つまりは生前の垢を洗い流すことになっている。清潔であるとか、心に対する配慮であるとかそのようなものとは全く違う。

 より単純な考え方で、昔からの儀礼的な処置と言うべきか。

「説明したい、あたしもせちゅめいしたい。」

 あとでね。

「後は嫌だもん。」

 そうだけど、今、死んでここに来た人たちに、簡単に説明できるPVの撮影中だからちょっと待ってて。

「待ちたくにゃい。」

 まぁ、確かにね。生の配信じゃないから別にこうやって来られても別に困らないけども。直ぐにこの部分とか編集し直せばどうにかなるし。

 これ音声だよね。

 音録りだけで本当は十分なんでしょ。

 あの世のお仕事大図鑑の付録DVDの撮影も兼ねてのことだもんね。大丈夫だよね。うん。じゃあ、いいや。

「お仕事だったのぉ。」

 そうですよ、お仕事だったんですよぉ。

 今ねぇ、閻魔様がこうやって私の所に来られてしまったからねぇ、たぶん、今日の撮影ばらしになっちゃいますねぇ。

「えっ。ごめんね。」

 それ、毎回言ってますよねぇ。

 わざとですかぁ。

 閻魔様がね、仕事がお早いのは分かりますけど、ちょっと、邪魔されちゃうとなぁ。困るんですよぉ。スタッフとか、今日のために用意したフリップとか、台本とか、あるんですもん。

「そっかぁ、でもぉ、会いたかったんだもん。ゆっきーのことがー、だーいすきなんだもーん。」

 ありがとございます。

 嬉しいですねぇ。

 ここは地獄ですけども、天にも昇る気持ちですねぇ。

「あはは。」

 あはは。

「ぜんっぜん面白くなぁい。あはは。」

 じゃあ、あははって何ですかぁ。

 

 

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