彼女との出会い

鈴野前

桜舞う季節

 桜舞い散る。春うららかな、とある一日。

 こんな日は小学校の頃のピアノのコンクールを思い出す。

 彼女のパッチリとした瞳には私の髪の色が広がっていて、髪は春を思わせる綺麗なピンクだった。


 たった一回しか見ることは無かったけれど、私はあの時の、あの子以上に心揺さぶられる相手と会ったことは無い。


 きっと、二度とあんな気持ちを味わうことは無いのだろう。


 そう思うと……

 彼女の髪色を思い出させる綺麗な桜は過去を思い出させる足枷のように思えて、仕方がない。


 多くの存在が、新たな出会いに胸をときめかせている春は、目が霞む位に眩い。



 そして、今は太陽が出ていて、暖かな一日。

 それだけでも、今の私を不快にさせるのには十分だ。


 けれど、四季、気象。その他の自然現象にケチを付けれる程の存在ではないし、文句を言ったところで何も変わらない。


 涙、鼻水その他のせいで、少なくとも年頃の女の子がして良い。とは言えない様な顔をしているのは間違いない。


 油断した。というより、忘れていたというのが正しくて、家に引きこもってばかりいた為に全く考えていなかった。


 高校生になって、初めての登校はとても憂鬱で、影武者なり、なんなりを雇いたいと思った。


 電車を降りて、高校の送迎バスに乗り込む。


 涙を拭うように目を擦り、鼻をズルズルさせていると、似たような状態の女の子が目の前にいた。


「花粉症ですか?」

「うん。そうみたい」


 これが私達の出会い。

 二人の名誉のために濁音は無し。

 思い出は美化されるものだ。


 あの子を思い出すような髪色に少し、ドキッとした。

 もしかして? とは思うのだけれど、彼女である確信は無い上に、彼女だったとしても私の事を覚えてるか、いや知ってるかすら分からない。


 まるで、旧来の親友かのように、とまではいかないものの、それなりの月日を共にしたかのような安心感と、話しやすさ、心地よい距離感が相まって、話下手な私でも話が尽きることはなかった。


「やっぱり、登校初日だからですかね。マスクを忘れるなんて、わたしとしたことが……」


「そうね、私も薬を飲むのも忘れていたもの」


「生活習慣が出てしまいますね、いっそ絆創膏を鼻と口に貼ったら。なんて、考えてしまいます」


 それは……どうなんだろう?

 いや、クスクスと笑う姿に、謀られたと気づく。


 ならば。


「でも、それも良いかもね。ほら、鼻水と涙でまみれるよりかはね」


 と、ハンカチを差し出すフリをして見せる。


「え、うそ!?」


 勿論、お互いにそこまで酷いことになってはいない。現状はかろうじて……多分。


「うそ」


「はぁ、ビックリさせないでください」


 先に脅かしてきたのはどっちやら。


「部活ってもう決めてる?」


 そういえば名前も聞いてないし、クラスが同じかも聞いてない。


「そうですね……迷ってます。あなたは?」


「私は音楽が好きだから、軽音とかかな」


「ピアノとかですか?」


 驚いた。

 なんで、分かるんだろう。経験者?


 いや、少し期待した。


「うん。キーボードから、そんなに間違ってないね」


「やっぱり、覚えてませんか? 小学校の頃の春のコンクールで一度、お会いしたことがあるんですけれど」


「ううん。全然覚えてないし、知らない」


 本当はそんなことを言うつもりはないのに、勝手に口に出た言葉は、彼女にも、言った本人なのに私にも突き刺さった。


 思い出は綺麗だからいい。

 綺麗なままが一番良い。もし、少しでも綺麗でなくなってしまったら、今まで思い出と比べて見ていたつまらない景色が変わって見えそうで怖い。


「本当に? 珍しい髪の色と瞳の色です。そうそう間違ってるとは思えません」


 目が泳いだのがバレたのか、彼女のパッチリとした瞳に見つめられると、圧を……嘘を付いたことに罪悪感を感じる。


 酷い言葉を浴びせて、知らない。と言えば、きっとそれで終わる。

 けれど、私の心惹かれた相手が目の前にいるのに、終わりにしていいのか。


 過去に縛られるより、今この現実を動かしたい。

 だから……


「ごめん。嘘ついた。その……瞳と髪の色は今も覚えてるよ、引いた?」


 良く考えなくても、瞳と髪の色で判断するのはどうなんだろう。変態かもしれない。


「いいえ。わたしも、あなたの髪と瞳の色でもしかして? と思ったので、じゃあ本当に?」


 彼女の目から涙が溢れた。

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