美味しいお食事

観月

美味しいお食事

 仕事を終え、帰宅。

 疲れた体で、外階段を三階分登るのは辛い。

 俺は貧血持ちなので、自室の扉の前にたどり着く頃にはクラクラするし、体調の良くないときなんかは、吐き気すら覚える。

 ちゃんと食事を取れと医者には言われるが、独身男の一人暮らしだ、家での食事なんて、カップ麺とか、コンビニ弁当がいいとこだった。

 そう。だったのだ。

 ここ最近は、俺が仕事を終え家に帰り着くと、部屋には明かりが灯り、換気扇からいい匂いが漂っている。

 嬉しいような、悲しいようなである。

 というのも、俺が「ただいま」とドアを開けると、返ってくるのは可愛らしい女性の声ではないからだ。

「おかえりなさい、もうすぐご飯ができる」と俺を出迎えるのは、金髪碧眼のイケメンで、六畳二間に小さなキッチンというささやかな間取りには不似合いな、キラキラオーラを漂わせている。

「な、何してやがる。ここは俺の家だぞ。鍵閉めてったはずだ」

 睨みつけたんだが、男は一向に気にした様子はない。それどころか満面の笑顔で近づいてくる。

 こええ。こええよ。その笑顔。

 いや、笑顔だけじゃないぞ! こいつは存在自体が怖えんだ! なにしろ、こいつは……。

「ち、近づいてくるんじゃねーよ」

 俺より頭一つでかいイケメンは、あっという間に俺を壁際に追い詰めた。

 なぜだ。壁ドンというのは、男が女にするもんじゃないのか?

「や、やめろよ」

 押し戻そうとした手を取られ、何しやがると振り上げようとしたもう一方の手も掴まれて、両腕を壁に押し付けられてしまうと、俺にはもう為す術がない。

 もう泣きたい!

 何しろこの男は、俺とは比較にならないほどの力があるのだ。

 男のきれいな顔がアップになる。

 青い目に見つめられると、動けなくなるんだ。

 毎度毎度のことなのに、一向に慣れない。

 抵抗どころか力の抜けちまった俺を見下ろした男は、ふっと笑う。そして、男の顔は俺の首筋に沈んでいった。

「ううう!」

 首に押し当てられた尖った感触が、恐ろしい。

 突き立てられ、皮膚を破り、肉に食い込む鋭い牙。

 ずずずずっ。

 自分の血がすすられる音を聞いたことがあるだろうか?

 と、一口俺の血をすすっった男が顔をあげ「うっすー」と言いながら、べーっと舌をだした。

 突き出された舌が異様に赤く見えるのは、俺の血の色だろうかと思うと、ゾッとする。

 薄いとは失礼な。いや、たしかに俺は貧血だが、血をすすられた上に文句を言われるなんて、冗談じゃないぞ!

「文句があるなら、人の血を吸うんじゃねえよ!」

「だって俺、吸血鬼だもーん」

 そう言うとまた、いそいそと食事の準備を始める。

「今日のメニューは、アサリとさつまいもの味噌汁」

「待て、なぜアサリとさつまいも……」

 味噌汁の具として、単品ではありだろうが、なぜ組み合わせる。

「アサリには赤血球を作り出すビタミン12が含まれてまーす。それから、さつまいもは鉄の吸収率をアップするビタミンCが豊富です。はい、そして、さつまいもとレーズンとチーズのサラダに、こちらはレバニラ炒めです」

 くっ。

 どれもうまそうではあるが、取り合わせが微妙すぎる。

 俺のためだけに並べられたテーブルの上の食事。

「お前は食わねえの?」

 まあ答えはわかっているが、そんなことを聞いてしまったのは、なぜだろう。

「俺? そうだな、少しだけいただこうかな?」

「え!?」

 金髪男は俺の隣に腰を下ろすと、レバニラを一口つまんだ。つられて俺も、一口レバニラを口に放り込む。レバーはあまり得意ではないのだが……。

「あ……うまい」

 こいつと一緒に食事をするのなんて、初めてだ。

 吸血鬼だから、普通の食事はしないって言ってたのに。

「拓郎?」

 キラキラ吸血鬼が俺の名を呼ぶ。

「な、なんだよ」

「たくさん食べて、貧血直してね。拓郎の血、すっごく好みの味なんだよね」

 ふん。

 日が落ちるとやってきて、朝にはいなくなる吸血鬼。

 おまえが好きだっていうのは、俺の『血』じゃねえかよ。

 そう言おうとして、俺はその言葉を飲み込んだ。

 そんなこと、言ったら負けな気がしたから。


 ◇

 

 拓郎はわかっていないと思う。

 俺たちヴァンパイアは、長生きなのである。

 長生きだから、死ぬことがないから、生への執着は薄れていくし、喜びだとか、悲しみだとかの感情も薄い。

 確かに拓郎の血は好みだ。こんなにうまいと思う血に出会ったことは、長い人生において初めてのことである。まあ、残念なことに貧血持ちの拓郎の血は薄いのではあるが、貧血が治ったら、どれほど美味しいことか! と思っている。

 だから毎日毎日せっせと拓郎のためにご飯を作っているのだ。

「あなーたのー、ためーにー♪ あいじょうー たっぷりのーーー♪」

 鼻歌など、歌ってしまうのは何世紀ぶりのことであろうか。

「きしょい」

 と拓郎に言われたので、それ以降、彼の前では歌わないように気を引き締めている。

 基本我々は、血液以外の食事など必要としない。

 なのに、拓郎が寂しそうにするから、一緒に食べてやったのだ。

 そこのところを拓郎は全くわかっていない。

 拓郎の『血』だけのために、こんなに面倒なことをするものか。

 そうだなあ、拓郎の方で俺に対する気持ちを自覚してくれたのなら、教えてやるのもやぶさかではない。

「なあ、お前いつまで日本にいるの?」

 なんて聞いてくるから、それももう遠い未来じゃないのではないかと踏んでいる。


 <了>

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美味しいお食事 観月 @miduki-hotaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ