其の五

 声は百式の三人の後ろから聞こえた。

 

 音もなく・・・・本当に音もなく、彼女が姿を現した。


 淡いピンクの、一切地紋のない和服を身にまとい、長い夜の闇よりもっと深い黒髪を長く伸ばし、雪のように白い肌には化粧っ気が一切なく、薄赤の口紅だけが際立っている。


『天女』と、石上巡査部長君は例えたが、まったくその例えは外れちゃいなかった。


『もういいのです。武器をおろしてお下がりなさい』


 彼女はチラリと上座にいた老人を見やり、


『お父様、よろしいですね?』


 老人は仕方ない、とでもいうように手まねをすると、五人の黒服は全員銃をおろしてそのまま下がっていった。


『無粋な真似をして申し訳御座いませんでした。』


 彼女は老婦人が用意した紫色の座布団に坐る前、俺に向かって深々と頭を下げた。


 今時の若い女とはどこか違うな、俺はそう心の中で呟く。


『あの警察官の方・・・・石上さんとおっしゃいましたっけ?あの方のことでいらっしゃったのでしょう?』


俺は黙って頷いた。


『ご好意を寄せて下さったのは、誠にうれしゅうございます。私もあのご誠実で真面目な性格は十分に理解しているつもりでございます。』


 彼女は少し間をあけ、でも、と続けた。


『でも、私はあの方のご好意にはこれ以上お答えすることは出来ないのです・・・・』


『そこから先は儂が話そう』


 老人が後を引き取った。


『儂の正体については省かせて貰う。あまり関係があるとは思えんのでな。あれは今から20年前の事だった』


 老人・・・・つまりこの家の主である、竜崎老人は、当然当時はまだ老人ではなかったのだが・・・・・当時この辺りの土地を買い取った。


『当時この辺りはまだ一面竹藪と雑木林ばかりでな。儂は自分の力で土地を開墾したものだよ。』


『ある日のことだ。儂が竹藪の中を歩いていると、何やら銀色に光る玉子型のカプセルのようなものを見つけた。恐る恐る近づき、蓋を開けてみると、中にはクッションのようなものに包まれた女の赤ん坊が入っていたんだ』


『儂は結婚をしていたが、子供には恵まれなかった。そこでその女の子を連れ返って、自分の娘として育てることにした。それがこの「志津子」だったんだ。』


 老人はため息をつき、静かに座っている娘を見つめた。


『それからというもの、何故か知らないが急に何もかもが上手く行くようになった。事業も右肩上がり、金もそれまで以上に儲かるようになった。唯一残念だったのは、妻に死なれた事だったが、これがいてくれたおかげで、儂は張りを失うことなくいきてこられた。』


 それから再び俺に視線を移した。


『その眼は信じていないな』


『私は現実主義者でしてね。目の前で起こった事実、自分で確かめた現実だけを信じるんですよ。夢想家じゃ探偵なんかやってられません』


 俺の言葉に、竜崎老人は何も答えなかった。


『でも、やがて貴方にもお判りになりますわ・・・・』


 志津子が目を半眼にし、静かに言った。


 


 









 




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