其の三

 彼女の通っている女子大は、青山にある仏教系の学校で、小中高大の一貫教育で知られており、戦前から厳格な教育で知られているほどの、まあ、いってみれば、


『教育界の老舗』とでもいうような存在だった。


 門構えも立派で、それなりの風格を感じさせる。


 だが・・・・その門の前には二人のいかめしい制服を着たガードマンが二名、さながら仁王尊の如く立っていた。


 俺は念のためにニセの名刺(仕事柄、こうした小道具は幾つか持っているものだ)を出して、

『フリーのジャーナリストで、女子大の取材をしている』と申し込んだところ、手もなく断られた。


 仕方がない。


 丁度門と、道を挟んだ真向いに一軒の古びたコーヒーショップがあった。


 俺は早速中に入ると、門が見える窓際の席に陣取り、キリマンジャロを注文した。


 粘るのは仕事柄慣れている。


 それから約三時間、俺は合計でコーヒーを3杯お代わりした。


 幾らコーヒーに目がないからって、これじゃ胸も焼けるというもんだ。


(明日から当分の間コーヒーは止めだな)


 俺がそう思った時、門の中から学生が大勢出てきた。


 午前の授業が終わったんだろう。


 その中に、あの、



『竜崎志津子』の姿を見つけた俺は、慌ててウェイトレスに勘定を渡すと、店を飛び出した。


 しかし、俺が道を渡る寸前、


 一台のベンツが滑り込むようにして彼女の前に止まった。


 運転席のドアを開けて出てきたのは、ダークスーツにネクタイ、サングラスに長身の若い男だった。


 あっと思う暇もなく、彼女は後部座席に乗りこみ、車はそのまま走り出す。


 テレビや映画の刑事ものなら、こんな時うまい具合にタクシーがやってくるものだが、現実はそれほど甘かぁないものだ。


 しかし、頼りになるのは俺の記憶力である。


 俺は走り出す寸前、ナンバープレートを暗記し、頭に叩き込むや、コートのポケットのメモ用紙に書き留めた。


 何しろ飯のタネだからな。


 記憶する小道具は年中持ち歩いていなけりゃ、名探偵は務まらない。


 

 ナンバープレートから、その所有者と住所を割り出すのには、さほどの苦労はいらなかった。


 お巡りは好きにはなれないが、こういう時には結構役にたつものだ。


 しかし・・・・それを知った時、俺はあっけにとられてしまった。


(さて、どうしたもんかな・・・・)


 30分ほど熟考し、そして、


(まあ、霞を食って生活する訳にもゆかんからな)


 落ち着く先はそこだった。


 東京都日野市・・・・彼女はそこに住んでいた。


 竹藪と、そして樹々に囲まれた豪壮な邸宅。


 藪の脇には一見すると木造にみえる、意外とがっちりした造りのガレージがあり、例の黒光りのベンツが、半分だけ開いたシャッターから顔を覗かせていた。


 今時都下にこんな邸宅なんて、そうそうお目に掛かれるもんじゃない。


 JRの駅から歩いて1時間ほどかかったが、その道のりを、俺は徒歩でやってきた。


(幾ら必要経費で何とかなるったって、たまには散歩を楽しみたいことだってあるもんさ)


 近所の人に訊ねると、


『この先がそうだ』と教えてくれた。


 竹藪の中の石畳を潜り、漸く門にたどり着いた。


 表札を眺める。


『竜崎』


 と、それだけあった。


 呼び鈴を押す。


 ほんの2~3分間を置いて、和服姿の老婦人が出てきた。


『昨日お電話を差し上げた、私立探偵の乾というものです』


 俺ライセンスとバッジを示し、名乗った。


 彼女は俺の顔とライセンスを見比べ、それから無表情で、


『どうぞ・・・・』と、俺を中へと招き入れてくれた。





 


 


 

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