ソデにされるより足蹴が望み。
紅井寿甘
泣きっ面に蜂よりも踏んだり蹴ったりのほうがいい!
どういう人がタイプなのか。その答えは十人十色であり、そも性格、声、身体、仕草など、どこに着目するかさえも人によるものだ。
細かくなってくると、タイプというよりフェティシズムの話になってくるのだが。
そしてそれは、僕の場合は足になる。
眺めるだけでもいいのだが、恥を忘れてもっと言うならば、足で踏んで貰いたい。
……この話をして、同性の友人にすらドン引きされた事しかないが。
「……いや、それで、その。告白の返事がソレって、私は一体どうすればいいんですか……?」
放課後、体育館裏。
例に漏れず、異性の友人……というか、たった今彼女になりたいですと言ってきてくれたクラスメイトも、心なしか目を濁らせながらドン引きしている。
「あぁ、すまない。ぶっちゃけた話、そういうのを黙っているのもなんか不誠実って感じするじゃないか」
「それは……まぁ、確かに……? いやでも、それ踏んで貰えれば誰でも良いって事ですか……?」
つややかなダークブラウンの髪を指に巻きながら、唇を尖らせて彼女が訴える。
「いや、それはそれとして美的感覚は人並みだと思うけど。折角なら君みたいに可愛い子に踏んで貰えたら最高だなって思うよ」
「褒められてるのに全然喜べないんですが」
「大変申し訳ないと思う」
腰を60°くらいまで折って謝意を示すと、後頭部に向けて彼女のよく通る声が降ってくる。
「……というか、そうですよ返事。なんで告白の返事を聞いてそんな珍妙性癖大開帳されなきゃいけないんですか」
「性癖を誤用していないか? たぶんこういう場合は嗜み好むって字の方の性的嗜好とかだと思うんだけど」
「えっ、そうなんですね……って、そうじゃないです! 意図的にはぐらかしてません?」
「いや、純粋に脱線した。まぁ、こう、自分の恥ずかしい面ほど、誤魔化そうとしてもどうにもならない部分だからね。付き合ってから『なんか違う』ってお互いに思わないためには、まずオープンにするべきかなって」
「初手から豪速球が過ぎる……!」
「いや、これは誠意だよ。その、勇気を振り絞らせてしまったと思うから。僕のほうも勇気が要ることを先にしないとと思って」
「あ……」
人に想いを打ち明けるというのは、どれほど勇気の要ることだろう。それを相手に決意させてしまったのだから、それ相応の言動で応えなくてはならないだろう。
「……いや良い話みたいにしないでくださいよ。理解はしましたけどおかしいでしょう」
「確かに僕の思考は一般に受け入れやすいといわれる類ではないかもしれないけど」
「嗜好の内容じゃなくて言い方の話ですよ!」
彼女がぜーはーと肩で息をして、深呼吸をひとつ。
「……つまり、その嗜好を私が許容できるならオッケーってことですよね!?」
「うん。そうなるけど」
すると、彼女はしばらくうんうん唸ってから、靴を脱いだ。
「ど、どうぞ……」
「……えっ、今ここで!? いいの!?」
地面は土かコンクリだが上等だ。どこを踏まれるか? 無論顔面しかありえまい。
勢い付けて地面にしゃがみ、跪いて寝転がろうとした時……
「あっ!? そっか、今じゃなくてもいいのか……!!」
紺色のハイソックスは、ローファーの中に再び隠れてしまう。
「……あっ……」
「その、そんな滅茶苦茶物欲しそうな声出さないでくださいよ……」
膝を抱えてうつむく僕に、呆れが多分に含まれる声が届く。
「……それで、改めて、引いたならなかったことにしてもいいんだけど」
「いや、それは引いてますけど。結局、そこを含めて許容できるかどうかを確かめるってのが付き合うって事、なんじゃ、ないです、かね?」
「すっごい疑問符ついてないか」
「心の整理が間に合ってないんですよ!」
……それでも、まぁ。どうやら、即座にそっぽを向かれないほどには、僕は高く買われているらしい。
「分かった。じゃあ、これからよろしく、彼女さん」
「よろしくお願いします、彼氏さん」
この嗜好から足を洗えるわけもないけれど。ともかく、彼女と足並みを合わせてやってみよう。
ソデにされるより足蹴が望み。 紅井寿甘 @akai_suama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます