第十一話 三百六十五回死ね

 部屋は今まで通ってきた通路の汚さとは全く違う、異質の汚さがあった。

 単純だ。

 白い床、白い壁、白い天井。

 照明はなく。

 部屋全体がうすぼんやりと発光している。

 そして。

 血が飛び散った状態で乾いていた。

 四人が首を吊っていた。

 音が聞こえる。

 首だけが縄についたまま、首から下の胴体が床へと落下した音だった。

 思ったよりも大きな音ではなく、柔らかく静かで上品に聞こえた。生きている人間の礼儀もあれくらいの静かな動きを核にすればもう少しまともになるのではないか、と思った。

「あ。」

「知り合いでもいたのかね。」

 青いお花のついた帽子を被っている。

 幼稚園生の首吊死体がある。

「椅子とかないから、首吊れないよね、ここ。飛び上がる高さでもないし。あの子、どうやって首吊ったの。」

 白衣の研究員が目を大きく目を広げて、部屋の中心に座る赤スーツに目を向ける。

 黒いベルトと銀色の鎖でがんじがらめの赤スーツは体を今も揺らし続けている。

 近づけば近づくほどその鎖とベルトのこすれる音が大きくなっていく。

 白衣の研究員の早歩きの後を追うように、あたしも付いていく。少し状況に付いていけない。

「何をしたんだがね。」

 赤スーツは無視をする。

「あの幼稚園児の死体は部屋の隅に転がっていたものだがね。お前、あの死体を首吊り死体に変えたようだがね。」

 赤スーツは無視をする。

「この拘束具をとれるのかね。本当は、とれるくせに、ここにいるのかねっ。」

 赤スーツは無視をする。

「何のつもりなのかっ、答えるべきだがねっ。」

 赤スーツは無視をする。

「貴様らごときにっ、何人の民間人が犠牲になりっ、どれだけの被害が生まれているのか分かっての挑発かねっ。」

 白衣の研究員は赤スーツの体に触れようとする。

 あたしはその腕をつかんだ。

「その能力をこいつに使うのは、研究員としてどうなの。」

 白衣の研究員の目は赤く染まっていて、涙も流していた。

 こういう男なのだ。分かっている。だから、仕事人として前線で戦うことができなくなったのだ。

 あたしは赤スーツの後ろへと立つ。

 白衣の研究員は離れると、出入り口の扉に寄りかかって部屋全体を眺め出す。

「お姉さんは、なんで、僕の後ろなの。」

 赤スーツの声は幼い少年のようだった。どこかで聞いたかのような感覚に陥るのは、この赤スーツが今まで殺してきた少年たちの声の平均値をとって喋っているせいかもしれない。

「赤スーツについて色々と聞きたいの。」

「なんで、僕に聞きたいの。」

「あたしたち、仕事人はね、あんたたちスーツを殲滅させるために働いてる。そのせいで、スーツが定期的に湧いて出てくるところに派遣されて、そこを生活圏内に入れて生活するよう義務付けられる。一応、政府のお墨付きだけどね、そんないいものじゃないし、実際強制力が強すぎるから、戦いたくないという選択肢を取る限りは自殺くらいしか道がない。あたしの場合は、教師やら警察官やらOBやら、お目付け役は何人か派遣されているみたいだし、正直、プライバシーなんてほぼないの。」

「僕には分からないや。」

「でしょうね。赤スーツだもの。人間じゃないしね。」

「そう、僕、赤スーツだからさ。」

「三百六十五回死ね。」

「え。」

「あんたたち赤スーツにこういうことを言った人間がいたの。」

「誰。」

「だから、あたしは知ってるの。あんたたち赤スーツはみんな一人称が僕であることも、正面にさえ立たなければ問題ないことも、そして、こうやって会話できることも。」

「僕は、お姉さんが何が目的なのか知りたいよ。」

 あたしは赤スーツの顔をさすり、頭を撫でるとそのまま両腕を首の後ろから回して耳に口を近づける。

「スーツと人間の両方を滅ぼしたいの。」

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