第十話 叫ぶ宣う口走る

 エレベーターの扉が開くと白衣を着た研究員が立っていた。

「もしよかったら、案内させて欲しいんだがね。」

「よろ。」

 あたしはその白衣を着た男の研究員と目も合わせずに歩みを進めた。

 色白の肌はいつ見ても、人間とは思えなかったし、ここで研究員をし続ける選択をしたことも同様に信じられない。

 元仕事人だとは思えない程、筋肉量も少なく痩せている。

「スーツが発見されてから実害が始まったとされるのは。」

「十八年二か月十八日前。」

「あたしらが、スーツを殺す仕事人として一般人から選別されたのは。」

「十年十一か月二十日前。」

「あたしたちが仕事人として働き、あんたが、仕事人を引退して、研究員になったのは。」

「四年十か月一日前。」

「よく覚えてるよね。」

「当然だがね。ここで研究をする人間はみんな覚えているもんなんだがね。」

「それって研究に必要な要素なわけ。」

「そんなわけないんだがね。ただ、知識があるというのはある程度分かりやすい賢さを図る尺度として機能しやすいんだがね。」

「下らない。」

「それは、同感だがね。」

 道は薄暗く、人一人通れるくらいの場所も歩いていく。赤スーツを生け捕りにした時は随分と騒いだものだが、結局使い道が分からずに放置されているのだから、意味がそこにあるとは到底思えない。

 研究員たちも、あまりにも危険すぎるという事で、距離を取っていることは間違いない。

 このあたしを案内し、白衣をはためかせているこの、男の研究員を除いては。

「なんで、案内してくれるわけ。」

「昔のよしみだがね。」

「かなり昔でしょ。」

「しかし、スーツを一緒に協力して殺し合ったのは、良き思い出だがね。まぁ、それが、一つの繋がりになってしまっていることは、決して褒められたものではないがね。」

「結局、スーツってなんなの。研究はしているんでしょ。」

「簡単に言えば、あれは宇宙線によって生まれた人間以外の動物的死体に現れた突然変異だがね。」

「でも、特定の場所にしか現れないでしょ。宇宙から宇宙線を浴びて動物がスーツになっているなら、それを見ている人間がいなきゃおかしいし。」

「本当に何もしらないようだがね。」

「研究員と仕事人は違うから。」

「宇宙線を浴びた動物の死体はまず、どこかへと集められるんだがね。」

「誰が集めてるの。」

「他のスーツ達だがね。その際、スーツは無色透明になって人間に危害も加えないし、加えることもできないようだがね。そして、その死体を同じく透明にしてどこかに持ち帰る。研究員の間じゃ、巣という架空の空間がある、と仮定しているがね。」

 長い道を抜けるとこんどはエスカレーターがある。これは横に幅が広く、手すりの所にはシール。下のガラス張りの所には小さいグラフィティアートがあった。

 この白衣の研究員が描いたのだろう。昔から、仕事の後には駅の裏手に回って、壁にスプレーを吹きかけていたことは何となく覚えている。

「巣にはワープゾーンのようなものがあり、それが学校の校庭へと繋がっていて、奴らは出てきて危害を加えるということだがね。」

「は、ワープゾーンって。じゃあ、結界はなんなの。」

「人間以外の動物は特に、テリトリーに敏感だがね。つまり、あれは現れたスーツたちにとっての自分の縄張りなんだがね。それを境界のない空間として存在させるのではなく、壁を作ることでより、自分のスペースを守ろうとする。」

「まんま、動物ね。」

「群れて動くものも、単体で動くものもいるけれど、それは間違いなく、元となった動物の習性によるところであると今のところは考えられるのだがね。まぁ、難しいところは、まだ分からんのだがね。」

「なるほど。」

「黒や紺、灰色は、おそらく、肉食動物の死体だったか、草食動物の死体だったか

。もしくは羽のあった動物だったか、ない動物だったか、どうか。というあたりだがね。」

「じゃあ、赤スーツって。」

「研究員の間じゃ、人間の死体が元になっているんじゃないかと言われているがね。」

 そんな話をしているうちに、扉の前へと付いた。

 恐ろしかったのは、中から何かが動いている音がすることと。

 そこまで厳重に保管されているわけではないことだった。

「まず、中の赤スーツと話すことは可能ではあるがね。必ず言いくるめられないように話すこと。それができないなら、命の保証はできないがね。」

「分かった。」

「次に、僕も一緒に中に入り、僕がこの扉に能力を使って、部屋自体を密室にするけれども。」

「何かあったら、あんたのことを守るから。死んで、あんたの能力が解除されるのか、暴走するのか、未来永劫続いてしまうのかは分からないし。」

 白衣の研究員はあたしの目を見つめる。

 あたしは鼻で笑って頷く。

 扉に手をかけたのはあたしだった。不思議なもので、見た目に反してノブは簡単に回る。錆びついていた音もなく緩やかに扉は開いていく。

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