第五話 君をもう一滴

 あの図書委員長と過ごした時間はいつも頭の中にある。正直、興味すらない。というよりも忘れたいという感情に非常に近い。

 恋人らしいことをしたか、と言われれば間違いなく、それはなかったと言える。けれど、言葉にしてしまえば、確かに、彼氏と彼女と呼べる時間はあった。

 あたしは、もう忘れたと思っていた。自分は忘れたのだ、という記憶をした。ということだったのだろう。

 最初は、図書委員長はまるでまともそうな顔をしていた。敬語を使い、腰も低く、ひたすら状況分析に徹している。結果として、何をやらせてもそつなくこなした。人望もあった。

 だからこそ。

 仕事仲間を二人殺して、その死体を会議に持ってきた時は何も言えなかった。

 裏切りものでした。というようなことを言った。

 全員が何か言おうとした時だ。その内の一人にはまだ息があった。

 その顔が沸騰して、血の混じった泡を吹きながら爆ぜた。

 図書委員長は。

 異常はありません。というようなことを言った。

 図書委員長に殺された二人は、昔からその手の仕事仲間の中では公認のカップルだった。いつも、同じところに仕事へ行き、同じような成果を上げた。別段、狙ってそういうことをしていたのではないのだろう。単純に、実力が似ていたのだ。

 似た者カップルだった。

 図書委員長は女の方に目を付ける。自分の許嫁にしようとして断られたそうだ。

 次の日、その女の顔は全て赤くただれて、右の瞼は閉じたままになった。

 何があったのかは知らない。

 男の方が図書委員長に食って掛かる。

 図書委員長は。

 話し合おうじゃないか。というようなことを言った。

 次の日、男は右足と右手を欠損。完全失聴。全身の皮膚が赤くただれていた。

 気が付けば、二人の上司は図書委員長になっていた。

 二人は凡そ人間にできる行為の限界の十倍から二十倍の量のスーツの討伐を命じられた。最初の任務で女性も失聴。気をやって休暇として二か月休まされる指令が出る頃には、二人とも赤くただれたただの囮役くらいしか使い道がなくなっていた。

 そういうことをした男だった。

 あたしは、そんな男なのだ、ということを知る前に、無理矢理付き合うことになり、自然と別れた。 

 意識が頭の中から、視界へと戻る。

 窓の向こうに広がるグラウンド。

 そこを白いスーツの男に向かってただ歩き続ける図書委員長の背中があった。

「これだけは、見させて。」

 後ろにいる不良男子が、静かに歩くと、あたしの隣に立った。

「あの根暗、強いんすか。」

「強い。」

「先輩、あれの元カノなんすよね。」

「バカにしてもいいよ。」

 不良男子は分かりやすく息を吐いて、それから窓を開けた。

 風が校舎の中に入り込んで、髪先を持ち上げて見せる。

「先輩、処女だから分かってないんじゃないっすかぁ。」

「何が。」

「付き合った男の価値なんかで、女の価値が決まったりしねぇから。」

 白スーツの男と図書委員長が向かい合ったまま、動かなくなる。

 何か言っている声が聞こえる。音は同じ音階を繰り返すような感じではあった。

 白スーツが両ひざから崩れ落ち、そこから横へと折れて動かなくなった。

「うわ、勝ったよ。マジかよあの根暗。」

 図書委員長も膝から崩れ落ちる。

 そして。

 白スーツが立ち上がり、図書委員長が持っていた腕と耳を取り出して自分の体にくっつけると、校舎に向かって歩き始める。

 距離が離れてから図書委員長はおもむろに立ち上がると、あたしのことを見つけて口を動かした。唇の動きでなんとなく分かる。

「死ね。」

 不良男子が笑った。

「あの根暗、死んだふりして、白スーツ誘導しやがったわ。マジかぁ、やっば。」

 つまり。

 あたしたちのことを殺させようとしている。

「しょうがないわね。白スーツも図書委員長もここで殺しましょ。」

「図書委員長が生きてたら、先輩もヤバいっすからね。」

「あんたにとってもでしょ。」

「だって、シスターまがい、マジでウザかったじゃないっすかぁ。」

「はぁ。まぁ、否定はしないけど。」

「だからって、あの女の上着に能力制御装置を気づかれないように付けて、ここで殺そうとしてたのは参ったっすわぁ、先輩。」

「何言ってんの、あんた。」

「あっ、俺の見間違いでしたぁ。さーせん。」

 確かにそれは見間違い。

 あれは上着じゃなくて、スカートの方。

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