第三話 似非遊園地
不良男子も、シスターまがいの女子高生もみんな優しい子には違いない。
根がまともなのだ。
実際、学校の放課後には集まるように、という約束に関しては誰一人として破らなかったし、いつものような無駄口も叩かなかった。下らないお喋りはなく、自分たちの存在意義を確かめる意味でも、放課後を静かに待ち続けた。
そして。
放課後。
あたしは下駄箱に隠れながら、息を殺す。
隣の不良男子高校生はいっそう眼光を鋭くしている。
シスターまがいの女子高生は目をつぶり、額に汗をかいている。
顔を僅かに出して、廊下に、そしてその周辺に、対象がいないことを確認する。
「良かった大丈夫みたいね。」
その瞬間、不良高校生があたしの腹を思い切り蹴とばす。
意識が飛び、下駄箱に指を引っ掛けて何とか自分を保つと右足を回す様にしてその場から一気に動く。
それを見越す様に相手の拳が完全にあたしの鼻をとらえた。
熱い。
肉と骨が磨り潰されて、濡れた砂粒の上を歩いた時のような音がした。
あたしは体を折り曲げて頭を下すと、そのまま不良男子の足元を確認しながら早歩きで近づく。そのまま、顔を一気に上げると、頭の後ろの方で明らかに何かを磨り潰したような音が聞こえた。
地面に不良男子高校生の血が飛び散ったのが見えた。
「先輩面していい気にしてんじゃねぇぞゴラァッ。いい加減にしやがれよてめぇ、この野郎っ。」
あたしはいつの間にか、正面から見つめ合っている状況に驚きながら、そこまで意識が飛んでいた、自分の心の弱さに気が付いた。ため息が出る。そして、唾液もいつの間にか垂れている。
手の甲で拭く。
「それは、すまなかったわ。」
「それで済むわけねぇだろがよ、馬鹿かてめぇっ。」
不良男子は唾を地面に吐き捨てた。
「てめぇが年上だからまだ、この程度ですんでんだからな。」
不良男子は苛立っている。そのままの流れでシスターまがいの女子高生の顔を蹴とばす。
既に上半身しかない状態だったため、そのシスターのような清潔な顔から一気に地面へ倒れ込んだ。すのこのずれる音と、肉の叩きつけられる音が当然のように聞こえた。小さく木の折れる音がしたが、おそらく、死体の歯でも折れたのだと思う。
あたしはそれを見つめながら舌打ちをする。
「どうすんだよ、先輩様。このエセ敬語女、死んでんぞ。こっから出れねぇぞ。」
「この学校にいる、スーツを殺せばいい。」
「どうやって、殺すんだよ。てめぇマジでバカなんじゃねぇの。白スーツだぞ。黒じゃねぇんだぞ。」
「だったら、一生ここから出られずに死ぬしかないでしょ。」
「元はと言えば、てめぇの確認ミスじゃねぇかよ。黒スーツ以上のやつが出たかもしれねぇから、応援に来てくれ。そう言ったら普通は、紺かグレーだろうがよ。」
「白は、特別班に連絡しなきゃいけないのは分かってた。でも、あの時にはまだ、どの色のスーツ男かは分かっていなかったから。」
「分かってるとか、分かってねぇとかじゃなくて、てめぇがさっさと責任取って白スーツ殺してこいって言ってんだよ、俺はぁっ。」
「白スーツが出てるって分かってて、あんた、そのシスターまがいに偵察行かせたでしょ。」
僅かな沈黙が流れる。
「はぁ。何がだよ。」
「あんた、白スーツだって気づいてて、それを利用して、そこのシスターまがい殺させたでしょ。」
あたしは早くそして何度も何度も、足の裏で地面を叩き続けた。目は不良男子を見つめている。視界の中では完全にその姿はとらえているつもりだ。
不良男子は人差し指をあたしに向ける。
あたしはその瞬間、体を横にずらす。
あたしの後ろの傘立てが吹き飛び、壁にめり込む。
しかし。
そこに、一切音はない。
何の音もなく、ただ、何かに当たったことで飛ばされた傘立て。
学校の壁には亀裂が入り、それが縦横無尽に伸びていく。
「先輩、マジで身のこなし凄いっすよね。なんで、こう簡単に殺せないんすかね。イラつくわぁ、マジでイラつく。」
「あたしもあんたのこと、もう、二十回は殺そうとしてるけどね。」
「十八回目で、俺の両足引き千切ったじゃないっすか。憶えてないんすか。」
不良男子は裾をめくると、義足を見せつける。
「あんたなんて、最初に会ったときに、能力が暴発しちゃったとか言って、あたしの右目吹っ飛ばしたよね。」
あたしは右目に爪を立てて、その表面を削るように音を立てる。
あたしと不良男子は打合せでもしたかのように、それはそれは丁寧に右回りに体を動かす。
途中、シスターまがいの死体が邪魔で邪魔でしょうがなかったのだろう。不良男子は人差し指で死体を弾き飛ばした。もう原型はそこになかった。
目を合わせたまま、顎を僅かに上げる様にして見下し合っている。狐と狸の化かし合いではなく、犬猿の中でもない、ましてや正義と悪でもない。
何となく。
ただただ、こいつが。
気に食わない。
「死ねよ不良モドキ。毎月死ね。」
「クソ女が、黙って死ね。」
気が付けば、ほんの二メートルほど先から、白スーツがこちらを見つめていた。
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