パンクの計画

※アキツ編でマナが目を覚ました後のお話です。



 秋大寺で、お互いの近況報告をするミーティングをすることになっていた。タマモ様のとこにいってるジョイスとシンシアとヤーニン、それにコシチ様のとこにいってるヒビカさんもやってくる。

 一泊してゆっくり話をし、軽く息抜きもして、再びそれぞれの場に帰って行く。

 その日のため、俺は計画を練っていた。




 俺はこの寺で修行を積み、今はもう中をかなりよく知っている。東の端にある露天風呂もだ。毎日入っているから隅々まで。今日もこうして、ジョウを誘って二人で入りにきた。


「あー、気持ちいい」

 ジョウは赤い顔でそう言った。のほほんと、なーんにも考えずにただお湯に浸かってる。全く、そういうところがダメなんだ。そんなことじゃ手に入れられるかもしれない幸せを気付かず逃しちまう。教えてやろう。そんで、俺の計画に引き入れてやろう。


「おいジョウ。あそこ見えるか?」

 俺は風呂場の隅、浴槽から少し離れた奥まった場所を指さして見せた。「ん?」と目を凝らすジョウ。

「暗くてよく見えないけど」

「だろ?! こっちからは見えねぇんだよ!!」

 俺が力強く言うとジョウは「はあ?」と眉間にしわを寄せた。全く分かってねぇな。俺はあそこにある秘密をジョウとだけ共有するために、あえて人の少ない時間を選んで入りに来たんだ。

「ちょっと来いって」


 ジョウを連れて風呂場の隅へ。外と隔てられた壁の足元付近を指さして見せた。

「ここ。板と板の間にちっちぇえ隙間あんだろ?」

「え? あ、ホントだ」

「ちょっと指で押すと……」

 言いながらやって見せる。今まで五ミリ足らずだった隙間は、二センチほどに。

「風呂の中からはよく見えねぇけど、外からは風呂の中がよく見える。俺が言いてぇ事、分かるか?」


 秋大寺は基本的には女人禁制。そこまで厳しく禁じられているわけじゃねぇけど……それ自体はどうでもいい。要はこういう事だ。

 秋大寺の風呂には『女湯』はない。ミーティングがある日は、時間で男女を分けて、みんなここを使う。


「分かるか? 言いてぇ事! 分かるだろ?!」

 気持ちが揺れているらしいジョウは「え……」と口ごもる。


「こんなチャンスそうそうあるもんじゃねぇ! 一生に一度かも!!」

「いや……」

「俺は一人ならやらない。お前も一緒にやってくれるならやる」

「そ、それ、は……」

 揺れているジョウ。もう一押しだ! 俺はジョウの手を強く握り、肩を揺さぶった。

「やろうぜ俺とお前で! な!!」

「…………うん!」

 ジョウはついに首を縦に振ったのだった。




 *




「なあジョウ、順位予想しようぜ」

 実行前夜。俺とジョウは同じ部屋の布団の上でゴロゴロしながら、明日の事に思いをはせていた。

「何の順位?」

「胸の大きさだよ。誰が一位だと思う?」

「えー、うーん……」

 あごを掻きながら考えるジョウ。

「リズかシンシア」

「俺もそう思う! リズさんは見るからにだし、シンシアは割と厚着なのに目立つ大きさだもんな!」

「イヨさんとかはダークホースだなー。着物って胸の大きさ全然分からなくなるから」

「だよなぁ。実は超デカいかもしれねぇからな。逆に最下位は?」


「あはっ!」とジョウは笑った。答えは俺にも分かる。

「絶対ヤーニンだろ」

「だよな! あいつ信じられないくらいぺったんこだもんな!」

 二人で大笑い。あー、楽し。

「次に小さいのは、マナさんだよな。でもあの人ってさ……」

 ジョウが言いたいことは、やっぱり何となく俺にも分かる。代わりに先回りして言ってみる。

「胸が小さくてもどこかセクシー?」

「そう! スタイルいいよな。ボディラインと脚線美ってやつ?」

「だよな! あの人は独特な魅力があんだよなぁ」

「カワイイとセクシーを足して二で割った感じするよなー」

 ジョウ、なかなか分かるヤツじゃねーか。


「なあ、パンクは、ヒビカさんどう思う?」

「ヒビカさん? ……どうも思わねぇって言うか……難しいな」

「だよな。ニュートラルって言うか、フツー。胸もくびれもお尻も、フツー。でも、脱いだらあの人、ムッキムキかもしれないじゃん?」

「あ、確かに!」

「ジョイスとどっちがムキムキだと思う?」


 あー、それ難しいな。

「うーん、ジョイスじゃねぇかな。力だけならあいつの方が上だろ」

「俺はあえてヒビカさん! 確かにジョイスの方が力は強いだろうけど、あいつは見た目と力の強さが全然違うからな。見た目はヒビカさんの方がムキムキだと思う」

 俺が「百ギン賭けるか?」と言うと、ジョウもにやりと笑う。

「面白いじゃん。乗った!」




 *




 秋大寺に仲間が集まり、ミーティングが始まった。

「俺は金砕棒と十間掌の修行中。まあまあ順調だな」

「俺はタブローラーの製作と、パンサーの整備。タブローラーの方は、正直言って難航してる」

 俺とジョウはさっさと近況報告を済ませる。頭の中はこの後の計画の事でいっぱいだ。

「私は寺の子狸達と一緒に掃除や雑用をこなす毎日だよ」

 ザハさん。この人は女に興味ねぇらしいからな……。


「私はアカネに灯をもらって、千里眼を使えるようになったんだけど、まだ慣れなくて練習中」

 マナさん。……やっぱカワイイ+セクシー。

「あたしはたまにパンサーを飛ばして、物や人を運んでるよ」

 リズさん。やっぱ一位かなぁ。

「銀眼を使った連携の修行は順調。酔いも軽くなってきた」

 シンシア。うーん、負けてねぇ!


「私もシンシアとお姉ちゃんと一緒に修行中だよ。銀眼、使いこなせるようになってきた。スタミナもついたしね」

 ヤーニン。ハハッ、ぺったんこだな!

「霊術の修行は順調だ。操れる範囲も広く、深くなっている」

 ヒビカさん。フツーだけど……改めて見ると腕太い。うーん、ムキムキかもしれねぇ。

「あたしはシンシア、ヤーニンと銀眼の修行をしながら、コエンとも修行中。だいぶ力ついたよ」

 ジョイス。頼むぞー、お前に百ギン賭けてんだからな!


 パッ、とジョイスの目が俺とジョウに向けられた。

「あんたら、何か上の空だね。何考えてんの?」


「えっ?!」

「別に」「特に何も」と俺とジョウは首を横に振る。ここでおかしなそぶりを見せて警戒されたら、計画は水の泡だ。




 ミーティングが終わり、俺とジョウは最初に二人で風呂に入った。最後の確認だ。二人で風呂場の端にあるあのポイントが異常ないか確認し、障害物となる掃除用具や風呂桶なんかをどかし、しっかり風呂場全域を見渡せるようにした。

 これで完璧!




 *




 ついに。ついにその時がやってきた。ジョウと二人で息をひそめ、風呂場の外へ回り込む。幸い辺りに人影はない。もう少しで女性陣が風呂に入りに来るはずだ。

「よし」

 そうつぶやいて、ジョウと二人で例のポイントの前に立つ。そっと壁の隙間に指を差し入れた、その時だった。



「おい」



 上から投げかけられた声。俺もジョウも驚きと恐怖で肩を震わせながら声の方を見上げた。

 そこにいたのは、壁(塀)の上に仁王立ちするジョイスだった。おい、いくらなんでもそんな姿で仁王立ちは、なんて一瞬思ったが、薄暗い中目を凝らすとジョイスは……普通に服を着ていた。


「あんたら覚悟は……できてんだろうなコラァアアアアア!!」


 惨劇と化した。




 *




 俺とジョウはジョイスに殴り飛ばされた後、女性陣の前に連行された。正座させられ、厳しい視線を向けられる。マナさんも、リズさんも、ヒビカさんも、ジョイスもシンシアもヤーニンも……。その眼差しは、厳しいだけでなく、失望の色もたたえていた。


「どうしてそんなことしようとしたの?」

 悲しそうな顔でマナさん。

「未遂でも、これは信頼関係の問題だ。壊れた信頼関係はそう簡単に修復できるものじゃない」

 鋭い目つきでリズさん。

「見つけたのが私だったら、そんな程度ではすまさなかっただろう。ジョイスに感謝するんだな」

 俺達の顔の痣を見ながらヒビカさん。身の毛もよだつほどの威圧感。視線だけで睨み殺されそう。

「ミーティングの時の様子で、怪しいと思ったんだよ。まさかとは思ったけどね」

 ジョイス。まだ俺達を殴りたそうに拳を握りしめている。

「…………」

 シンシアは俺達と視線を合わせようともしない。

「サイテー」

 俺達を睨みながら一言そう言うヤーニン。コイツ、こんな怖い顔できたんだ。



「すいませんでした」

「ごめんなさい」

 そう言ってただ頭を下げる俺とジョウ。だが、頭を上げてもみんなの顔は少しも変わっていなかった。


「あんた達、自分達のしたことがどんなことか、本当に分かってるのか?」

 リズさんがそう言って俺達の前に立った。そして鋭い声で、信じられない言葉を吐いた。


「あたし達の前、ここで服を全部脱ぎな」


「……え?」

 俺とジョウは固まってリズさんを見上げる。少しの沈黙があった後、リズさんは俺の胸倉をつかんだ。


「脱ぎなってんだよほら!!」

 俺のズボンに手を引っかけ、無理やり脱がせようとするリズさん。ずるっとズボンが下がった。俺は必死にズボンを引っ張る。

「ち、ちょっと……!」


 さらに、リズさんの手は俺のパンツへ。

「これもだ! ほら脱げ!」

「やめてくださいって!」

 俺が手を振り払うと、リズさんは俺を突き飛ばした。


「この馬鹿たれ共。あんた達がやろうとしたのはそういうことだよ!!」


 そう怒鳴られ、俺とジョウはやっと自分達のやってしまいそうになった事がどんな事か分かった。恥ずかしくて、情けなくて、申し訳なくて、涙があふれてくる。

「う……うわぁあ~あぁーごめんなざいー!」

「ゆるしてくだざいぃーうあぁあー!」

 二人して大泣きしながら許しを請う。だが、俺達がいくら頭を下げても、涙を出しても鼻水を出しても、みんなの表情は一向に変わらなかった。


 しばらくそうやって泣きながら謝っていると、ジョイスが俺達の前に立った。一体何をする気かと、俺達は一旦泣き止み、ジョイスを見上げる。

 殴られるのか、怒鳴られるのか……ところが、ジョイスはその場に座ってくるりと反転し、女性陣の方を向くと、なんとそちらに向けて頭を下げたのだ。


「この辺で、許してやってほしい。あたしに免じて、何とか頼むよ」



 俺達が本当に反省している事と、ジョイスが頭を下げた事によって『今回だけは』という形で、何とか許してもらえた。ほとんどのみんなは風呂に入りに行き、部屋には、俺達とジョイスが残された。

「もう二度とやんじゃないよ」

 胡坐をかいてそう言うジョイス。……言えねぇ。お前の体に百ギン賭けたなんて。俺は、枯れてガラガラになった声でジョイスに言った。

「ジョイス、恩にきる。ありがとな」

 隣でジョウも、俺と一緒に頭を下げる。だけど、どうしてジョイスはあんなことをしてくれたんだろうか。そんな疑問が頭の中に浮かんでいる中、ジョイスは俺達に向かって、何故か頭を下げた。


「ごめん。さっきの行為に免じて、許して欲しい」


「……え?」

 俺もジョウもわけが分からず、呆然とジョイスを見つめる。ジョイスは「実は……」と頭を掻きながら、驚きの真実を口にした。


「あたし、あんたらの風呂を覗いたんだ」


 今度は衝撃で呆然とジョイスを見つめる俺達。一体どういう事だ。ジョイスが俺達の風呂を覗いた?


「ミーティングの時の様子で怪しいって思って……何する気か確かめるためにさ……。あんたらの風呂を覗いたんだ。屋根の上から。だから、完璧に待ち伏せできたってわけ」


「マジかよォ!」

「おいお前、それは……!」

 思わず大声を上げる俺とジョウに対しジョイスは慌てて「しーっ」と人差し指を立てた。

「他のみんなに聴こえるっての!」


 これは、どう対応するのが正解なんだ? ジョイスを責めるのは筋違い? いやでも、どんな理由でも覗きは覗きだろ。しかも、コイツが覗いた時点では、俺達何もしてなかったし。でも俺達が覗こうとしてたのも事実……だけどさぁ!!


「あたしのお陰で許してもらえたんだから、あたしのことも許してくれって! な?」


 俺とジョウは自分達のしようとした事の負い目もあり、ジョイスの覗きは不問に処すことにした。



 この話……実際にやった事だけ見たら、ジョイスが俺達の風呂を覗いたって話じゃね?!




おしまい

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