ヤーニンの秘密のスケッチブック
※ランプ本編中、第十章ロルガシュタットと第十一章ラグハングルの間のお話です。
「ヤーニン、何してんだ?」
パンサーの翼の上に座る私に、ジョウ君が下から声をかけてきた。私は視線を遠くへ向けたまま答える。
「景色見てるの」
そう。景色を見ているのだ。
今、パンサーは小さなビルの屋上に停まっている。ここから町のあちこちを見る事ができる。私は景色を見ながら、ターゲットを探しているのだ。
鉄道高架下のトンネルをくぐり抜けてくるカップル発見!! 私は、手に持っている秘密のスケッチブックをすかさず開き、鉛筆を握りしめた。コマを割り、即興で描き込んでいく。
「気を付けて。暗いからね」
振り返りながらそう言う彼氏。彼女は「えー」とむくれ気味。過度に心配されるのがちょっぴり気に入らないのだ。
「平気だよこのくらい。だってさ……うわっ!」
「危ない!」
案の定、地面のでこぼこに足を取られ、バランスを崩す。彼女はそのまま彼の胸へ飛び込んでしまう。
「だ、大丈夫?!」
「うん」
彼女は何事もなかったようにまた歩き始める。彼氏はドキドキが治まらない。急に胸に飛び込まれてびっくりした……違う。あの子が、俺の存在を頼りに、倒れ込んできた。手を出して俺の体をつかんだ。信頼されているんだ。だから……ああ、胸の動機が治まらない。
彼がそんなにまで彼女を好きな事を、彼女は知らない。でも、必ずいつか知るときが来ることだろう。その時、彼女は……
……くぅ~っ! たまんない!
ちなみに、実際には彼女は転ばなかったし、彼氏がどれくらい彼女を好きか、っていうか、そもそも本当にカップルかどうかも分からない。ただの兄弟って可能性もあるしね。
今のは全部、私の漫画の中の話。ごちそうさまでした!
「ヤーニン、何してるんだよ」
パンサーの下からリズ。
「景色見てるの」
ビル近くのカフェの中に目を凝らす。そこには、向かい合ってカップを手にする男女。ターゲットロックオン! いっただきまーす!!
私は再び鉛筆を走らせた。
「いやー、よかったねえ。俺、今年見た映画の中でベストかも」
紅茶を飲みながら、しみじみそう言う彼氏。彼女も「うん」とうなずく。
「私も、いい映画だったと思う。でも、最後のシーンはちょっと強引すぎでしょ」
「え、そうだった?」
「途中から無理やり論点ずらしてる。初めから設定してあったテーマに、最後に急に無理やり合わせてる感じ。もうちょっと時間裂いて丁寧に描くべき。そうじゃなきゃ興ざめ」
「そっか……まあ、そうかもねえ」
彼氏は辛辣な彼女のコメントにちょっと戸惑い気味。一旦会話を切って、ラングドシャにクリームをつけ、口に。
表情を変えない彼女。でも実は、心の中では『またやっちゃった』という自己嫌悪が湧き上がっていた。せっかく楽しく映画の話をしていたのに。いつもつい思っている事をオブラートに包まず言ってしまう。本当は「ごめん」って言いたい。でも恥ずかしい。私には無理。
そんな彼女は、ごめんの代わりに、ラングドシャを手に取る。クリームをつけ、彼氏の口元に。彼氏は「ん?」と止まる。ぐっと眉間にしわを寄せる彼女。
「この体勢、何しようとしてるかくらい分かるでしょ」
慌てて口を開ける彼氏。その口にラングドシャが。
『あーん』なんて言えたら、可愛い彼女かもしれない。でも私には無理。たったこれだけのことで私がどれくらい緊張するか、あなた知ってる?
そんな思いの彼女。実は、彼氏はぜーんぶ気付いている。優しい笑顔をむける彼氏。彼女は恥ずかしくて目線をそらす。
くぅ~っ!! たまんなーい!!
「ごちそうさまでした!!」
「またやってんの?」
「うわああっ!」
いつの間にか私の背後にやって来ていたお姉ちゃん。私の手から秘密のスケッチブックを取り上げた。
「最近見てなかったからね。結構溜まってるでしょ」
お姉ちゃんは私の秘密のスケッチブックを手にしたまま駆けだした。
「だめーっ!」
すぐさま追いかける。足は私の方が速いもんね!
ところが、お姉ちゃんはすぐに立ち止まって体をそらし、私に足を引っかけた。私は盛大にこけてゴロゴロ地面を転がり、掃除用具のある物置につっこんだ。
体を起こすと、パンサーの側にスケッチブックをニヤニヤしながら眺めるお姉ちゃんと、騒ぎを聞きつけて集まって来たみんなの姿。
ああ……私の秘密がーーーー!!
おしまい
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