ランプ スピンオフ集

ロドリーゴ

ヒビカの頼みごと

※ランプ本編が終わった後、エピローグの前のお話です。




「リズ、頼みがある。一日だけ私に付き合ってほしい」



 あたしに電話をかけてきたヒビカさんは、そう言った。どういうことか事情を聞き、あたしはオーケーの返事。一週間後に会う事になった。

 最後に会ったのは、数か月前。あたしの結婚式の時だ。……だからかもしれない。




 *



 パンサーでヒビカさんの赴任地へ。ヒビカさんは空港まで来てあたしを待っていてくれた。

「ヒビカさん、お久しぶりです」

「久しぶりだな。遠いところすまない」

 グリーンのセーターに、ベージュのスカート。小さな革のバッグ。そんなヒビカさんをあたしは足元から舐めるように見てしまった。


「……おかしいか?」

「えっ? いえいえ。でも、いつもと印象違うなって」


 あたし達と会う時はいつも軍服のヒビカさん。喋り方や立ち振る舞いの雰囲気がその軍服とマッチしていて、本当にカッコイイ人だけど、本人はこういう女性っぽい服も好きらしい。


「予約まであまり時間がない。無駄話は歩きながらだ」

 そう言ってキビキビ歩き出したヒビカさん。服は女性っぽくても、歩き方はやっぱりヒビカさんだ。

「リズ、どうだ結婚して。生活は変わったか?」

「いやー……結婚する前から二人で住んでましたから、正直言ってあんまり変わらないですね」

「そうか。ジョウは元気にしているのか?」

「はい。今、ジャック・マルーンで研究設計士って仕事してます。楽しそうですよ」

「お前は何をしている」

「一応、パイロットです。パンサーで荷物の運搬が主ですね。ヒビカさんは、お仕事どうですか?」

「あまり詳しい話はできないが、一か月後から国外で仕事だ。それもかなり長くなる。今日お前に付き合ってもらえてよかったよ」



 お互いの近況を話しながらやって来たのは、写真スタジオだ。これから、ここで撮影。ヒビカさんは入り口から早足で受付の女の人のところへ向かい、まるで行進でもしていたようにビシッと止まった。緊張してるらしい。


「十一時から予約した、ヒビカ・メニスフィトだ」

「はい。準備できてます。こちらへどうぞ」


 あたしは撮影をするスタジオで、ヒビカさんの着替えを待つ。この撮影の意味するところは、何となく想像がつく。ヒビカさんには、これから先機会がないんだろう。それもおそらく、自分で『しない』と判断しての事。

 ウトウトしかけたころ、ヒビカさんの「おい」という声でハッと頭を上げたあたし。その直後、息を呑んだ。

「待たせたな」

 そこにいたのは、ウエディングドレス姿のヒビカさん。プリンセスラインの真っ白なドレスに、銀のつつましやかな髪飾り。白い手袋をはめた手には、小さな花束。

「……どうだ?」

「息を呑みました。すごく似合ってますよ」

 私はなかば呆然としながらそう答えた。本当に信じられないほど美しくて、似合っていたからだ。私が似合っていると言うと、ヒビカさんは頬を赤らめて笑った。

 ヒビカさんは女性である事を捨て、強い一人の人間として生きている……なんてイメージを持っていたけれど、間違いだった。ヒビカさんは、強くても、軍人でも、あくまで一人の女性として生きている人なのだ。


「時間が惜しい。撮影を始めてくれ」


 あたしはヒビカさんが撮影をしている間、考えていた。ヒビカさんは、はっきりとした生き方がある。その生き方を貫くには、結婚や家庭は枷になるのかもしれない。だから結婚はしない。ヒビカさんはそう決めているんだ。

 だけど、ウエディングドレスには憧れていた。だから、二十代のうちに着てみたい。写真を残しておきたい。それで今日、撮影に来たんだ。一人では恥ずかしかったんだろう。あたしを誘って。恥ずかしかったのはきっと、『自分には似合わない』とヒビカさんが思い込んでいるからだ。

 それを変えてあげたい。




 *




 ヒビカさんは、付き合わせたお礼に食事を奢ってくれると言った。あたしはありがたく申し入れを受け、お店に連れて行ってもらった。


「おいユウ!」

 お店に入るなりそう呼んだヒビカさん。女の子の店員が「はーい」と振り返る。

「あ、ヒビカさん、いらっしゃい! 今日は一人じゃないんですね」

「ああ。テーブル席で頼む」

「そこの窓際にどうぞー」


 歩きながらヒビカさんに聞く。

「このお店、店員さんとも仲いいんですか?」

「ああ。しょっちゅう来ているからな。ユウは、なかなかいいやつだ」


 席に着くと、店員のユウがお冷を持って来てくれた。それと同時にヒビカさんにこう聞く。

「お連れさんはお友達ですか?」

「そうだ。今日は私の都合に付き合わせてしまってな。そのお礼に奢ることにした」

「へえ、珍しいですね。何か特別なことしてたんじゃないですか?」

 なかなか鋭い子だ。ヒビカさんは「まあな」と答えてお冷を一口。あたしはヒビカさんをつついた。

「秘密にしないで、見せてあげましょうよ」

 そう言うと、ヒビカさんは黙ってアルバムを取り出した。

「今日は、これを撮ってきた」

 ユウに開いて見せる。それと同時に「ええっ!」と大声が店内に響いた。

「すごい! うわー、綺麗ですね! よく似合ってる!!」

「そうか?」

「似合ってますよ! いやー、これはすごい。これ見てドキッとしない男はいないんじゃないかな。そう思えるくらい素敵ですよ」

「いい加減な事を言うな」

「いい加減じゃないですって!」

 ポンとヒビカさんの肩を叩くユウ。やっぱり想像した通り……いや、想像していた以上に褒めてくれた。

「ヒビカさん、あたしもすごく似合ってたと思いますよ」

「……そうか?」

「そうですよ。もっと自信持ちましょう」

「そうですよ。だってこんなに……」


「おいユウ!」

 お店の大将だ。ユウは慌てて大将の元へ向かって行った。


「自信か……」

 ヒビカさんはまたお冷を一口飲むと、ちょっぴり笑顔で話し始めた。


「実はな、私は小さい頃二つ夢があった。一つは軍人になる事。もう一つは……お嫁さんになる事だった。意外だろう?」

「……そんなことありませんよ」

「そうか? 軍人になるという夢は叶ったが、お嫁さんになる夢は、自分で道を閉ざした。私には、配偶者や家庭を持つこととこの仕事を本気でやることは両立できない」

「確かに、難しいかもしれませんね」

「もうずいぶん前にそれを悟り、その夢は忘れていた。だがこの前、お前の結婚式でのドレス姿を見て……思い出したんだ。そして、今やっておかなければ必ず後悔すると思った」

 そう言ってヒビカさんは背もたれに体を預け、嬉しそうに笑った。

「今日は大満足だ。幸せだった」




 *




「今日の事は、他の皆には秘密にしてくれ」

 空港での別れ際、ヒビカさんはそう言った。

「恥ずかしいんですか?」

「そうだな……少し……特に、ジョイスやヤーニンの耳に入るとうるさそうだからな」

「あはは。あの二人は面白がって騒ぐでしょうね」

 あたしは最後にヒビカさんの手を取り、しっかり握った。


「ヒビカさんは、素敵な女性です。自信もってください」

「ああ……ありがとう。次会えるのを楽しみにしている」

 あたし達はそう言って笑顔を交わし、別れた。



 ヒビカさん、もっと自信もっていいんですよ。



 あたしは去って行くヒビカさんの背中に、心の中で語りかけた。



おしまい

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