佐藤さんに絡まれる。

東苑

第1話 佐藤さんは気まぐれ



 高校の教室にて。


「ねえねえ」


 授業中。

 俺の隣の女子生徒――佐藤さんが、ひそひそ声で話し掛けてきた。


 うげぇ……。

 今日も今日とて飽きもせず、話し掛けてきたよこの魔女。


 佐藤さんはなんて言うか普通の女の子。

 普通に明るくて、普通に友達がいて、普通に可愛い。あと黒髪ロング。


 最初に言っておくと俺はこの子が苦手だ。

 なんていうかこの子といるとドキドキする。

 これは断じて恋じゃない。

 例えるなら悪いことしてバレないかヒヤヒヤしてる心境に近い。


 無視するとエンドレス脇ツンツンが来るし、消しカス砲弾まで飛ばしてくるし。極め付けには……。


『あのこと、クラスのみんなに言い触らしちゃうよ、センセ?』


 ときたもんだ。


 そう俺はこの佐藤さんにある秘密を握られていた。だから彼女の機嫌を損ねるようなことは絶対にあってはならない。


 先生に見咎められて怒られないように、さっさと済ませるのがベストだろう。 目を合わせず、嫌々オーラを溢れさせながら淡々と応じる。

 

「……ナンデスカ佐藤サン?」


 まあこれぐらいの反抗は、日々虐げられる者の権利だ。権利は行使しないとね。


「え……ごめん、怒らせちゃった?」

「っ!? いやいや! そんなことないないない」


 あれ今の一般人には傷付く対応だった!? パンピーって意外と豆腐メンタル!?


「嘘ぴょ~ん」


 ぺろと舌を出す佐藤さん。


「…………」


 このガキ……。おちょくりおってからに!


「あれ、こういうのオタクの間だと流行ってるんじゃないの?」

「えっと……もしかして心ぴょんぴょんのこと言ってる?」

「それそれ~!」


 一体どこでそんなこと覚えてきたんだ。しかも使い方全然違うよ。

 全然ぴょんぴょんしないよ、このシチュエーション。


「やっぱり小説家は色んな事に詳しいんだね、センセ」

「ちょちょちょちょちょっと! 誰かに聞こえるだろ!」


 そう、俺は中学生の頃から趣味で小説を書いていた。プロじゃないけど。

 そして高校に入学して間もないある日。

 ひょんなことから佐藤さんに小説を書いてることがバレてしまったのだ。

 それ以来、事あるごとに絡まれてはオモチャにされている。


「え~、別にバレてもいいじゃ~ん」

「や、約束が違う! 大体、書いてるだけでまだ先生じゃない!」

「先生になるつもりなの?」

「う……」

「あれ~、こないだ「趣味で小説書いてるだけ」とか言ってなかった~?」

「昔のことなんて覚えてない。俺は常に前だけを――」

「照れて隠したんだね」

「な、なにごとも目標は高い方がいいだろ……!」

「へえ……」


 な、なんだよ、急に真面目な顔して。

 調子狂うな。


「それで用件は?」

「え、特にないけど?」


 きょとんとする佐藤さん。か、可愛い……とか言うと思ったか!?


「……じゃあ話し掛けないでください」

「突然の敬語、っっっ~~~」

「い、いや今のは漫画とかでもある一種の台詞術で!」


 改めて指摘されると超恥ずかしい。佐藤さんに付け込まれるから気を付けないとな。 


「台詞術って?」

「いやそんな言葉は多分ないけど、なんとなく使ってみた……的な」

「的な、って中家なかいえくんが言うとなんかウケるね」

「あなた失礼だね」


 もうこの人、シャーペンが転がるだけでウケるんじゃないか。


「だって中家くん見た目がさ……」

「え、ちょっとなに……?」


 じーっとこっちを見てくる佐藤さん。

 思わず視線を逸らした……けど、気になってチラ見したら目が合ってなんか恥ずかしい!


「ほらほら、センセ~。これが異性からジロジロ見られる気持ちだよ~」

「絶対からかってるだろ! ……てか、そろそろ解放してくれよ。授業に集中したい」

「中家くん真面目だね~。歴史の授業ってつまんなくない? 覚えるだけじゃん」

「何言ってる。小説のネタになるだろ!」

「え~、自分で調べればいいじゃん。それに……」


 佐藤さんはにっと口の端を少し上げ、なにか悪戯を思い付いた笑みを浮かべる。


「こうやって女の子と話すのもいいネタになると思うよ? 中家くんボッチだし」

「言葉を選べよ! だ、大体ボッチじゃないし! ま、まだ入学して一週間しか経ってないから!」

「友達ができない子はみんな同じこと言うと思うよ?」


 なにそのすごい説得力……。


「小説家目指すなら、色んな事経験した方がいいんじゃない?」

「そこは妄想でどうにでもなる」

「だから中家くんの書くキャラクター、なんか嘘っぽいんだよ~」

「そ、そんなことないだろ! てかWEBに投稿したやつ読んでくれたのかありがとう」

「どういたしまして」


 佐藤さんはぺこりと小さくお辞儀してから、改まった口調で続ける。


「せっかく高校来てるんだから、ちゃんと友達つくって、学校生活楽しまないと損だよ」

「う~ん……」

「大丈夫、中家くん黙ってると暗いけど喋ると面白いかもしれないから」

「そこは断言して欲しかった」

「やっぱり小説書いてること、みんなに言った方がいいよ。同じ趣味の人いるかも」

「絶対にやめてください!」

「っっっ~~~、そうそう、そういう反応! 見た目とのギャップで余計に面白いよぉ」


 両手で口元を隠し、ぷるぷる震え出す佐藤さん。

 真面目な話してるんじゃなかったの?

 ひとしきり笑った佐藤さんは、目尻を拭って続けた。


「まあいきなり話し掛けたりするのはハードル高いよね。中家くんの場合は特に」

「あの佐藤さん?」


 さらっと酷いこと言ってないか。


「でもチャンスは必ずあるから心配しなくて大丈夫。きっと友達もできるよ」

「え……?」


 胸の前でぐっと握り拳をつくってみせる佐藤さん。


 あれ、もしかしてこれって励まされてる?

 この魔女……じゃなかった佐藤さん、実は天使だったのか!?


 小説のネタにできるねとか言って誤魔化してるけど、本当は俺のこと心配していつもこうやって話し掛けてくれてたのか!


 ふ、普通興味のない異性にそういうことする?

 いやしない!

 俺は知ってるぞ、こういうのラノベでもあるからな!


 も、もしかして佐藤さん、俺のことすすすすすす!? 


「友達できるまで私が遊んであげるから。だって……」


 佐藤さんが少し俯く。

 な、なんかいつもより十割増しで可愛いんだけど!


「だって中家くんの反応、めっちゃ面白いんだもん」

「いやちょっと心の準備がもう少し伏線張ってもらわないと…………え?」


 そっちかぁああああああああああああああああああ!


 ただ自分が楽しいからかよ!

 期待させといてこれかよ。

 なるほど確かに佐藤さんと話してるといい勉強になりますわ。

 小説のネタに使えそうだよ全く!

 やっぱり魔女! 悪魔!


「……でも、まだ独り占めしたいなぁ~」

「え、今……」

「き、聞こえた?」


 つい口に出してしまったのか、いつになく焦っている佐藤さん。

 そりゃそうだ。

 だって今……。

 イジメたいって。


 …………。


 まだイジメ足りないの!?

 この授業中だけでも散々俺のことサンドバックにしただろ!?


 いやでも待て落ち着け。

 それでこんなに顔真っ赤になるか?

 もしかして聞き間違え?


「なあ、今なんて?」

「なんでもない。ほら、授業に集中! センセになるんでしょ!」 


 あれだけ振り回しておいて……。

 今日も佐藤さんは好き放題だ。



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佐藤さんに絡まれる。 東苑 @KAWAGOEYOKOCHOU

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