(7)白と黒は交わらない
ルカちゃんにこれまでの宿泊料金を支払い、いろいろお世話になったお礼を言った。
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。椎名さんと過ごせて楽しかったです、今度はオーナーと一緒に遊びに来てくださいね」
「うん、約束するよ。本当にありがとう」
心から感謝だが、ルカちゃんみたいな良い子には星乃王玖は勿体なさ過ぎるのでこの約束は果たさない方がルカちゃんのためになるのではないかと思った。
有限町駅に行くと海老野朱莉がいた。海老野朱莉は僕を見つけると微笑んだ。そして並んで一緒に歩き出した。僕は海老野朱莉にこれ以上話せることがあるか分からないが、海老野朱莉と話がしたかった。海老野朱莉も話がしたくて僕に会いに来たのだと思う。
僕と海老野朱莉は何も言わずに並んで見晴海岸の方へ歩き出した。
お盆を過ぎた見晴海岸はまだ観光客がいる。海老野朱莉は「エビフライちゃん」と呼びかける市民の声に笑顔で手を振り返していた。その様子はいつものエビフライちゃんの姿なのだと思う。
「椎名さん、見晴海岸に秘密の場所があるんです。そこに行きましょう」
「そうしよう。あ、ちょっと待って」
僕は自動販売機でペットボトルの水を二本買った。
そして海岸が終わり、テトラポットが集まっている場所に腰を掛けた。
「ここ、滅多に人が来ないんです。私のお気に入りの場所!」
海老野朱莉は笑って僕を見た。僕は海老野朱莉の隣に行きペットボトルを一本渡した。
しばらく何も言わずに海を見た。迷いが無くなったからか、海が眩しくきれいに見える。
「椎名さん、本当に帰るんですか」
「うん、帰るよ」
「今帰ったら私は椎名さんを敵と認識します。それでもいいんですか?」
「……君は黒川さんに僕を止めるように言われてきたの?」
「違います! 私は椎名さんを助けたいと思った。これは私の意志です、黒川さんやヒーロー組合は関係ない、これは私が考えて行動したことです、今までもずっとそうだったはずなのに、何で……」
悲痛な声で僕に訴える海老野朱莉はどうみても正義を語るには幼すぎる子どもだった。
「私は守りたいんです。私にはこれしかないから、サイボーグの私はもう普通の人のように生きられない。例え、黒川さんや椎名さんに裏切られても、私の助けを求めている人がいるから正義を辞められない。両親が最低な犯罪者でも私はそんな両親を許すことすら世間は許してくれないけれど、私はそんな世界を守る為に生まれた存在だから……」
僕は黙って海老野朱莉の咆哮を聞いていた。
「分かっているんです、黒川さんに利用されていたのはずっと分かっていた。でも私の居場所は此処しかないし、正義を信じてくれた人を裏切ることは出来ない……」
正義の子ども、エビフライちゃんは市民に愛されているヒーローだけど海老野朱莉は正義に縛られた孤独な子どもだった。
そんな僕に出来ることがまだひとつだけ残っている。揺れる海老野朱莉の瞳に海が写る。何の穢れもない、綺麗な瞳だ。
「君は何も悪くない。お父さんやお母さんが死んじゃったのも、君が悪いんじゃない。全部悪の秘密結社、星屑が悪いんだ。君が生まれるずっと前から星屑が悪さをしていたせいで君はヒーローになるしかなかった。でも、君が生まれたおかげで世界は平和になった。多くの人は喜んでいるし感謝している。だから何も迷わなくていいんだ」
海老野朱莉は優しすぎる。欠点ではないけれど君の運命を受け入れるには少し生きづらいだろう。
僕は元々ブレーキしか持ってなかったけれど今はそれでよかったと心から思っている。
海老野朱莉の孤独に気付くにはアクセルで駆け抜けるには早すぎる。ポンコツな僕だからこそ出来ることだ。
「この夏、君はとても悪い男と出会ったんだ。その男のせいで君の両親は死んでしまった」
「違う、椎名さんは悪い人じゃない。椎名さんのせいじゃない」
「いや、僕は悪い人だよ。それに僕は君のお父さんとお母さんに殺す為に有限町に来たんだ。だから僕が君を利用して殺した。気づかなかった?」
「……嘘だ、違う。椎名さんはそんな人じゃない」
「いや、君は僕を知らないだけだよ。僕は弱い被害者じゃない。それに僕がこの街に来なければ木下桃子が死ぬことはなかっただろう。これは全部僕が望んだことなんだ」
海老野朱莉は何も言わない。優しさは時として自分の首を絞めることを、僕は自身と東みさきの短い人生から知っている。
今さら僕はこの世の正義に何も期待は出来ない。子どもの孤独に付け込んで築き上げられた正義なんて必要ないしそんなのは正義だなんて認めない。優しい人間が苦しむ世界なんて僕が壊してやる。
「だから君はこれから幸せに生きて欲しい。大丈夫、君は人造人間かもしれないけれど、こうやって悩んで苦しんでいる姿は普通の人間と何にも変わらない。だから君はこれから信頼できる仲間を見つけられるし、君の孤独を分かってくれる人がきっと現れるから。大丈夫だよ」
「……本当に悪い人はそんなこと言ってくれませんよ」
海老野朱莉は泣いているけど笑っていた。子どもには何も罪はないって、みさきなら同じことを言うと思う。
「そんなことないさ。じゃあ僕はこれで行くね。次に会う時は敵同士だ」
「――私は、いつか絶対に椎名さんを悪の秘密結社から助け出して見せます」
「無理じゃないかな、じゃあね」
「でも、ありがとうございました。」
これから敵同士だけど、僕の正義と君の正義は交わることはないだろう。君も正しいけれど、僕も正しいのだから。
こうして僕は一般人から悪の道に進んでしまった。でもそれをなにひとつ後悔はしていない。何が正しいかなんて時代によって簡単に変わる。
いつか僕が選んだ道が正義と呼ばれる時が来るかもしれない。
光があって闇があるように、正義と悪は表裏一体だ。
何が正しいかなんて僕には興味がないなんて言ったら、天国のみさきは呆れているだろうか。
それを確かめることのできる日を楽しみに、僕は死ぬまで生きる。
君は正義のエビフライ ナカタサキ @0nakata_saki0
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