第9話

 贄となる血液は充分に流出した。

 性質が変わったと証明させるための人数も揃った。

 揃っていないのは変わる性質だけ、だがそれももうすぐ揃う、ただ一つ念じるだけで。

 念じれば罠だったものが発動し、陣が起動する。ただしこれは抜け道のようなものに近い、それも確証なんてありはしない不安定なものだ。だから本心から願う必要があった。


 失いたくない思い出。



「――――――こんにちは! いい天気ね! お天道様はこんなに輝いているのにあなたはどうしてそんなにボロボロなの?」


 もしも、と願っていた居場所をくれた彼女。



「―――――そう………、じゃあお話を聞かせて? あなたがこれまで何をしてきたか、とか」


 僕の知らない本当の僕を教えてくれたあの瞬間。



「――――例えあなたが悪神であっても、善神であってもあなたであることには変わりない。だから今までの立ち振る舞いを変える必要は無いのよ。周りからの評価が変わったって、見方が変わって何もかもが違う世界になったって、『あなた』は揺るがない。それはこの悪神断ちの人であっても……私であっても、何も変わらない……だからね、私からしたらあなたは―――――」


 無くしたくない、そう言いたい。

 失いたくない、そう叫びたい。



 そして―――――――――――――。


「……………あぁ……………………」


 その言葉を最期に優しい悪神は地面に伏して動かなくなり、別のあるところでは悪神の血液を贄に、絶対に失敗するハズの陣は欠陥がある部分を自ら書き足し、何としても成功させようとしていた。その時に溢れ出た光は、歪んだレンズから透して出る、人の手でつくったようにキレイで脆い光のようだった。


 儀式が終わったとき、その役目を終えた陣の上には善神がいた。何かが終わりを告げたことを理解した善神が、一人だけで泣いていた。

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