第5話

 時が止まる、そう錯覚した。実際には流れ続けているが、思考は止まり息をしているのかすら分からない。だが、それでもヤツは言葉を続けた。


「再度お伝えしますが、あなたは善神です。良いですか? 悪神ではないんですよ、ですからソイツは庇わなくてもいいん――」


「そっ、そんな訳ないだろうっ!? 俺は生を受けてから今までずっと悪神として扱われてきたっ! 実際やる事が望んだ方向に傾くことなんて一度もなかったんだ! 多くの人や神様に被害を与えたんだ! そんなやつが善神の訳が無いだろう!?」


「………………例えばそれはどういったことですか?」


「……昔、俺の性質のせいで女神に何度も殺されかけた人間がいた。けれど彼は押し付けられた不幸を全て踏破して、家族も出来た。平和とは言えないが、確かに幸せな暮らしが出来ていた。だが、結局は俺のせいで悲惨な最期を迎えた。それにこれだけじゃないんだ、俺は歩いてきた数だけ不幸をもたらした。だから……だから……………」


「………その人間の名はアルケイデス、またの名を、ヘラクレス。死後に大英雄として名を馳せた人間………ですね?」


「知っているからどうした……? ならば彼が受けた不幸も知っているだろうに!」


「えぇ、知っていますよ。彼が何をして、どうなったか。しかし、果たしてそれが悪い事だったと言えるでしょうか?」


 何を、何を知っていると言うのだ。実際に見てきた訳でもないくせに。


「いい加減あなたの本当の性質をお伝えしましょうか、あなたの性質は―――――」


 不幸をもたらす。望んだ事が絶対に叶わない。ただそれだけのクソみたいな性質だ。今もこれからも何一つ変わらない。


「相手に試練を与え、壁となり得るものを生み出し、その先に道を作る。そういうものです。生きとし生けるものに必ず必要なもの、つまりは成長の一つなんですよ、その性質は。それが、不幸や願いが叶わないという形で表されてしまっただけのことです」


 ………本当に何を言っているのか分からなくなってきた。今までしてきた事は不幸ではなく試練を与える行為だった? なら……今までの自分は何なんだ……? 今も昔も何一つ変わりはしないのに……。


「あぁ、まぁ、悪神だと言われ続けてきたのに唐突に善神だ、と言われたらそうもなりますよね。実際になったことはありませんが、お気持ちは分かりますよ。ちなみに私が嘘をついている可能性もありますが、この性質は私達よりも上の神様から聞いたものですので。予めこの地方に来る前に聞いておいて良かったですよ、こっちにはそういう神がいるって」


 もう否定の言葉は出せなかった、考えたくもなかった。けれど、涙は出てきた。果たしてそれが嬉し涙なのかすら分からずに。


「それじゃこの悪神はここで始末致しますので」


 そう言うとソイツは俺の後ろにいた彩華を捕まえた。最初は彩華も抵抗していたが、どう足掻いても抜け出せないようで徐々に動きが小さくなっていった。


「ありきたりなセリフだが………最期に言い残す事はあるか? それだけは許してやろう」


 その時、彩華が言おうとしたのは恨みだと勝手に思っていた。が、放たれた言葉はそれらの類いのものではなかった。


「キョウ…………今まで騙していてごめんなさい、いつか言おうと思ってたんだけど……そんなもの当てにならないわよね……、本当にごめんなさい……今更かよって話だけどさ…―…あはは………でも、でもねっ……! 最期にこれだけは聞いて欲しいの………」


 その声色は決して憎しみを吐き出すものではなかった。声にいつもの元気はなく、けれど、何かを伝えようとしていることは分かった。


「例えあなたが悪神であっても、善神であってもあなたであることには変わりない。だから今までの立ち振る舞いを変える必要は無いのよ。周りからの評価が変わったって、見方が変わって何もかもが違う世界になったって、『あなた』は揺るがない。それはこの悪神断ちの人であっても……私であっても、何も変わらない……だからね、私からしたらあなたは―――――優しい優しい悪神さん、寂しがり屋のお人好し。それだけなのよ、出来れば……いや、この事だけは…………覚えていてくれると嬉しいな……」


 その言葉は僕にとって何よりも重要な言葉だったんだと思う、理由は分からないし、それがどう心に響いたのかも知らない。

 だが、その一言が僕に立ち上がる力をくれたということだけは明確に理解出来た。


 今までと何一つ変わらない僕が今成すべきこと、それを考えに考えた結果、僕は、改めて現状を認識することにした。それが上手くいくかは分からないが、やってみない限り何も分からない。まず、ここにいるのは非力な僕と、圧倒的な力をもつ悪神断ち、そいつに今まさに殺されかけている彩華。つまり――――――











 


 そう認識すると、先程まで悪神断ちに刀を突きつけられていた彩華は僕の腕にすっぽりハマる形で瞬間移動した。

 瞬間移動した彩華はもちろん、悪神断ちにも何が起こったのか、理解出来ないようだったが、誰がやったのかは分かったらしい。


「………善神のあなたが何のおつもりで?」


「何もクソもないよ、善神の俺が今成すべきことをしただけだ」


「ちょっ!? キョウ、何してるの!? そういうのはまだ早いとおもっ、じゃなくてこれじゃあなたまで悪神だって思われるわよ!?」


「別にいいさ、元々僕だって悪神だ。それに僕は君に全然恩返し出来ていなかったから、ここで一気に返させてもらうよ」


「……………さて、悪神断ちのお兄さん。この状況から僕はどうするべきかな?」


「…………? 何を言っているのですか? まさか、ソイツを連れて逃げよう、なんて考えてませんよね? ここに居る私を撒くだけでも精一杯、更にこの家は既に他の悪神断ちに囲まれています」


 そんなことは知っている。だからどうするべきだと聞いたのだ。


「はっきり言いましょう………、今すぐソイツをこちらに渡しなさい」


 そうそう、その言葉を待っていたんだ。それじゃあ、


「助かったよ。ありがとう」


 それだけ言うと、周りの風景は一瞬で変わり、どこかの山の麓へと場所を移動した。

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