第4話

 さて、彼女の元で生活を始めて一ヶ月が経った頃。

 唐突に、いや、彼女の行動は基本的に唐突だが、ある一つの疑問を投げかけてきた。


「そういえば名前聞いてない」


「まぁ、僕達は自分の名前を気にしないからね」


「このままだと呼びづらいわ! 何か私達で名前を付けましょう!」


「えぇ……。でも自分で付けた名前って恥ずかしくない?」


「じゃあ、私があなたの名前を考えるからあなたは私の名前を考えて?」


「僕のセンスのなさに絶望すると思うんだけど、それでもいいかい?」


「あなたが私に絶望することを望んでいるなら安心ね、大抵反転するから」


 相変わらず善意を押し付けようとしてくる。まぁ、それも嫌ではないんだが。


「そうか……じゃあ頑張って考えてみるよ、何時いつまでに考えておけばいいかな?」


「うーん……………三時間後?」


「短いな………うぅん、何がいいかな……」


 そうやって、頭をひねっていると三時間なんて時間はあっという間に過ぎていた。


「出来たかしら!? 出来たわよね!?」


「ま、まぁ、でも……………」


「なぁに? まだ決まっていないの?」


「いや、こうして直前になると本当にこれで良かったのかって……」


「私は例え糞の比喩のような名前でも構わないわよ!」


「うん、急に自信が湧いてきたぞ」


「それは良かったわ、で、どっちが先に言う?」


「お先にどうぞ」


「そう、それじゃあなたの名前は今からキョウ、よ!」


「キョウ……、良い名前だ。漢字だと『凶』かな? 実に僕らしいなぁ」


「前々から思っていたのだけど、自分の評価はもう少し上げられないの? 漢字ではこうよ!」


 そう言うと彼女は、手で空に『教』と書いた。


「教………、教える……? どんな意味があったっけか……」


「文字通りよ! あなたは私に色々な旅の話を『教』えてくれたじゃない? その時のあなたはとても楽しそうだったから」


 その言葉は僕の知らない側面を教えてくれた気がした。望んだことを叶えない、そんな不幸を撒き散らす僕にもあったらしい、別の側面を。


「……これじゃダメかしら……?」


「………いいや、気に入ったよ! これ以上にないくらい素敵な名前を貰ったなぁ! 感謝してもしきれない位だ!」


「そう……そうかしら! 誇っていいかしら!?」


「うんうん、誇れるさ!」


「それじゃ、その誇るときに名乗れる名前が無いといけないわよね?」


 …………………………。


「………胃が痛くなってきた…………」


 これが緊張………、なるほど、これは飢えとかそういう類いのものとは違う感じがする……。


「急に不安にならないでよ、さっきも言ったけど私はどんな名前でもきっと好きになるわ!」


「そうかい……? じゃ、じゃあ言うよ……? 僕が考えた君の名前はサイカ………だ」


「漢字は!?」


「『彩』に『華』だ、これは個人的な話になるんだが、僕の貧相な生活に彩りや華を添えてくれたから……っていう理由だ」


「うん……! その名前大好き! 私だったら三時間じゃ考えつかない様な名前だわ! ありがとう、キョウ!」


 そうして、僕達に新しい名前がついて、二日ほど経ったある日のこと。

 その日、僕は家で留守番をしていた。べつに鍵をかけて行けばいいんじゃないか、と言ったが、最近は近くで盗人が出るのだとか。ならば守護まもらねばならない。未だに泊めてもらっている恩も返せてないし。

 そうやって一人で傷心していると、何やら数十人程の大行列が山のある方から歩いてきた。その行列はこの家から適当な場所で止まると、身振りや服装から立場の高さを醸し出している人と数人の護衛? を連れてこっちに歩いてきた。

 あれが例の盗人だったら間違いなく家財だけでなく、家ごと持っていかれるだろう。さて、大丈夫かな? ただの旅行に来た偉い人達だと良いな? ちなみに今ある武器と言ったら愛用のボロボロに擦り切れた大太刀しかない。僕が普段から持ち歩いている物の中では比較的長命なので、割と愛着が湧いている。

 そんなことを空に説明していると、すぐ側に偉そうな人が来ていた。盗人では無いだろうが、念の為大太刀の近くからは手を離さないようにしておく。


「こんにちは、今話をする程度の時間はありますか?」


「えぇ、ありますよ。もしあなた達が盗人の類いで無ければ、ですがね」


 挑発じみた冗談を言ってしまったが、大丈夫だろうか。冗談が通じる人だと良いのだが。


「面白い事を言う人ですね、もし私達が盗人の一味ならば話なんてしないで問答無用で殺すでしょうに」


 面白いとは言ってるけど、顔が全然笑っていない、その張り付いたような笑顔がもの凄く怖いが、どうやら盗人では無いようだ。あぁ、一安心。


「そうですか、じゃあ私に何の用ですか?」


「いや大した事ではないんですよ、ここら辺に悪神が居るとか、そんな話を知りませんか? というだけで」


 数秒前の安心が纏めて空の彼方へ吹き飛んだ。冷や汗が流れ出てきて今すぐここから逃げ出したいが、もしここで逃げ出したら絶対にろくな目に会わないだろう。もう既にバレてて泳がされてるだけ、という可能性もなくはないが。とりあえず再び警戒しながら会話を続ける。


「ふぅむ、この辺りでは特にそんな話は聞きませんね……強いて言うなら最近盗人が出たという事ぐらいでしょうか。……ところで何故そんな情報が必要なのか、聞いてもいいでしょうか?」


「盗人、盗人……なるほど。そう言えば名乗っていませんでしたね。私達は私が掲げる正義によって集まった集団、『悪神断ち』と言います。名前の通り、悪神や邪神を断つ、つまり殺すことを目的に動いている集団です。近頃この辺りで悪神が出たとの噂を耳にしまして、この通り、遠路遥々馬に乗って来たんですよ」


「……へぇ、それはまた面倒なことをしていますねぇ……でも、そんな簡単に悪神が見つかるんですか?」


「仲間の一人に見た神の性質が分かる者がいまして……悲しい話ですが、彼が居ないと、この悪神断ちはやっていけないですよ。ハハハッ」


 終わった。僕の人生……もとい神生はここで終わるようだ。いやぁ、最後は良い時間を得られたなぁ。アッハッハッハッハッ。


「しかし、盗人ですか……もしかしたらその者が悪神なのかも知れませんね………、それでは私達はこれで……」


 ………………アレ?


 悪神断ちと名乗る集団はそれだけ言って、何もせずに村の方向へ行ってしまった。その噂の悪神が言うのも何だけど君達の仲間の精度ちょっとアレじゃないかな?

 何にせよ、一応の危機を脱した事に安堵する。しかし、そろそろここから去るべき時なのかも知れない。だが、彼女にはどのタイミングで伝えようか………? ――――


「たっ、ただいま! キョウ!? 生きてる!?」


 帰ってきた。何とも間の悪い。


「生きているよ、どうしてそんなに焦っているんだい?」


「だって、悪神断ちっていう連中が来てるんだもの!


 その瞬間、何かが来る予感がした。何か、予感、と分からない事づくめだが僕のこういう勘は存外良く当たるんだ。


 だから迷い無く―――――――




 彩華にくる攻撃に反撃をした。


 僕が彩華を庇うように天に睨みを利かせ、大太刀を構えた刹那、尋常ではない衝撃が大太刀から腕、肩、腰、脚、と体を余すこと無く駆け巡ったあとに大地へと抜け落ちた。


「――――――ぐぅっ!? おもっ!?」


「――――よくもまぁ、そんなボロボロの大太刀で防ぎましたね……正直………少し天狗になっていた様です」


「ちょっ―――!? キョウ!?」


「大丈夫だよ、ほら、だから早く逃げて。俺はコイツに聞かなきゃいけないことがあるから……」


 俺じゃなくて先に彩華を狙った。その理由を問い質そうとしたが、それよりも先に向こうが口を開いた。


「――――――あぁ、なるほどそういう事ですか、それでは致し方ありません。しっかり説明させて頂きます」


 そう言うと、普通の日本刀………に見える刀を腰の鞘に戻して説明を始めた。こっちはさっきの一撃で、向こうは適当に振った刀が弾かれた、それだけだと言わんばかりの立ち振る舞いである。


「あなたが庇ったソイツ……………悪神ですよ?」


「は? 何を………言って………?」


「何の悪神かは知りませんがね、まぁ、本人に聞けばいいんじゃないですか? 兎に角、あなたが庇う義理はないクズですよ、ソイツは」


 その時、彩華の顔を見てしまった。今まで、笑顔が耐えることが無かったその顔は手で覆い隠されていたが、泣いていることだけは分かった。それはまるで悪事がバレた子供のようだった。その行為は俺の中で、彩華が悪神であると断定付けるには十分過ぎるものだった。

 だが、例え彩華が悪神であったとしても、僕には返さなければいけない恩がある。


「それが……どうしたってんだ……そんなことはどうでもいい、俺がコイツを庇う義理はある。以前、俺はコイツに助けてもらったからな、その分を返す為に俺はここでお前に立ちはだかっているんだ」


「………? コイツは洗脳に関する悪神でしたか。これまた厄介なクズですね、まぁ、悪神なんで当然と言ったら当然ですか。善神が悪神を庇うことなんて有り得ませんからね」





 善神が悪神を庇う、この言葉に今度こそ僕の思考は停止してしまった。

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