美人先輩、大好きです

ささやか

美人先輩と部室にて

 先輩は美人なので美人先輩と呼ばれている。

 誰に呼ばれているかというとあたしに呼ばれている。


「美人先輩」

「その呼び方はやめてって言っているでしょう」


 隣の椅子に座る先輩は形の良い眉をひそめ、形ばかりの抗議をする。

 使われなくなった社会科の資料室だった部室は、所狭しと雑多な資料が置かれていて、一台の長机と二脚のパイプ椅子があたしたちの居場所だ。ここにいるのはあたしたちだけ。つまり美人かわいい先輩を堪能できるのはあたしだけなのである。なんたる至福。

 ちなみにあたしは先輩のことをたびたび美人先輩と呼んでいるけれど、本気で先輩が怒ったことはない。けれどもそんな先輩がただ一度だけ激怒したことがある。それはエビフライに勝手にタルタルソースをかけたときだ。先輩はタルタルソースが嫌いなのだとあたしは学んだ。


「じゃあ、南方みなかたますめ様」

「なんでフルネームに様付けなの」

「いやですね、やはり先輩の美しさと偉大さを僅かばかりともお示しするのはもはやこれしか手段がないと思いまして」

「私が美しくかつ偉大かはさておき、絶対にベターな手段があると思う」

「わかりました」


 あたしは神妙な表情を作って頷いてみせた。


「お詫びと言ってはなんですが、先輩の胸をおもみしましょう」

「そうね、全くお詫びとの代替性がないね、それ。というか普通肩でしょう」

「いえ、その日本人的美徳を備えた美乳をおもみすることで、少しでも先輩のひそやかなお悩みを解消できたらと思いまして」

「売られた喧嘩は買う主義よ」

「どうぞ」


 あたしはカーディガンを勢いよく開いて、己の胸部を先輩に差し出した。先輩は悔しそうに顔をゆがめる。そんな顔も美人かわいい。ふふ、自慢じゃないがあたしのバストは平均より豊かな方なのだ。


「くっ……、このアメリカ的パイチチめ」

「さあ、どうぞ。どうぞったらどうぞ。ここは部室ですからどうせ誰も来ませんし、わたくしめの卑しい脂肪の塊をおもみくださいませ! あとパイチチとかワードセンス古すぎですって痛っ! 痛いです先輩!」


 先輩は黙ってあたしの胸をぎゅっと握りつぶした。普通に痛かった。


「何するんですか先輩。先輩は純粋無垢な後輩の、どれくらい純粋無垢かというと袋から開けたての石鹸くらいに純粋無垢なあたしの胸を握りつぶすですと? あー信じらんない、普通に痛いー。ほんと人心に欠ける行いです。まるでブライアン・フローです」

「誰それ」

「十七世紀英国において『人も麦も刈り取ればよい金になる』と言って、終生戦争に明け暮れた戦争貴族です」

「何それ怖い」

「嘘です」

「何それうざい」

「うっそぴょん」

「耐え難いほどうざい。具体的に言うと北極で放置された豆腐の角に勢いよく頭から突っこんでほしい」

「それ下手したら死にますよね⁉」


 ガッチガチに凍った豆腐は普通に人が殺せそうである。


「仕方ない。不幸な事故だった。誰も悪くない。あえて言うなら明日花が悪い。でも大丈夫。葬式のときは私が生徒代表で送別の言葉を読んであげる。明日花さんはとても明るくて優しい人でした……当社比で」

「当社比⁉」

「A社リサーチだと一般人の7割、B社は5割、C社は4割との結果が出ておりますが、なんと当社のリサーチですと、明日花さんは一般と比べて2割ほどの優しさと30倍のまろやかな酸味を持っていることが明らかになったのです」

「ツッコミどころが多すぎる!」

「確かに30倍もある酸味は、もはやまろやかではない気がする」

「そこは重要じゃない!」

「それはさておき」


 先輩は右から左へ何か箱状のものを移動させるジェスチャーをする。芸が細かい。美人かわいい。


「次の新聞記事を決めましょう」

「えー、めんどーい。まじめんどーい」


 あたしたちは一応新聞部に所属している。

 先輩はクラスに友達がいない(自己申告)ため、学校における自由時間の大半をこの部室で過ごしている。すなわち、先輩を独占するにうってつけな部室を確保するためには、きちんと新聞を作成して新聞部の体裁を保たなくてはならないのだ。


 先輩は美人かわいいけれど、社交性に難がある。正確に言うと、先輩の人格に問題があるのではなく、美人すぎて周りから恋慕と羨望と嫉妬の坩堝に立たざるを得ないため、なかなか集団に溶け込むことができないのだ。あたしにはわかる。

 先輩の美貌はクラスで一番とか学校で一番とかそういう次元になく、あくびまじりで日本代表になって世界各国の美人ちゃんにマウンティング取ってボコボコにした上で血塗れのワールドチャンピオンベルトを高々と掲げられるくらいの美貌なのだ。

 表現は少しふざけたが、本当に先輩は日本にとどまらないレベルの別嬪さんなのである。


「別に適当でいいじゃないですかー。先輩だってコンクールに出すとき以外はやる気ないですしー。あ、そうだ。今朝テレビでやってたなんかよくわからない惨殺事件の深淵をあばくってのはどうですか? あれはやべー矢部太郎ですよ」

「知り合いに名探偵とかいるの? それか警察関係者」

「いえ、いませんけど」

「なら無理ね」

「無理かー」


 あたしは机にだらっと伏せって残念さを盛大に表現してみせる。もちろん先輩の油断を誘うためである。案の定、先輩は「もっと真面目に考えなさい」なんてクールな先輩ぶってきた。そんなところも美人かわいい。


「じゃあ先輩、セックスをすると免疫機能が活性化するらしいので毎日セックスしてその結果をレポートしましょうよ」

「はあああああああっ!  えっ!  はああああああああああっ! 何言ってるの!」


 先輩が普段のお淑やかさをかなぐり捨てて大声を上げる。だけど美人かわいい。

 あたしは落ち着いた調子で先輩に語りかける。


「いやいや、考えてもみてください。あたしたちは楽しく健康になれて、新聞を読むみんなは効果の実証された健康療法を知ることができる。そして新聞も完成する。どう考えてもwin-winじゃないですか」

「いやいやいやいや、何言ってるの。無理に決まってるじゃない。頭悪いの?」

「わかりました、わかりましたよ、先輩」


 あたしはもっともらしく頷いてみせる。ここが関ヶ原、勝負のときである。


「先輩の主張も一理あります。先輩は未成年のセックスを題材にするとポリコネに引っかかる危険があると言いたいわけですよね」

「そうだけどそこじゃない」

「ですから、セックスの代わりにキスにしましょう。キスならセーフでしょ、キスなら」

「キ、キス……」

「キスがダメなら中東に行って少年兵の悲惨な実態を取材しましょう、報道魂を胸に抱いて!」

「いやいやいやいや、中東は無理でしょ!」

「ならキスで決定ですね。はい、決まりー」


 あたしが先輩の手を握りしなだれかかると、先輩は拒むことも受け入れることもせず、びくりと身じろぎする。


「ねえ、先輩」あたしは先輩の耳元でささやく。「あたしは先輩と毎日キスしたいけどなー。先輩は、いや、なんですか?」

「いや、それは、その、ね」


 先輩の顔がどんどん赤くなる。そうして小さな声で言う。美人かわいい。


「じゃあ、そのわかったから、記事はやめよ……」

「えー、どうしてですかー?」

「だって恥ずかしいじゃない。それに明日花とそういうことをしてるって知っているのは、私だけでいい」


 あたしの手をきゅっと握り返す先輩は、ほんと美人かわいい。


「あー、もうっ。美人先輩は美人かわいいなあ」

「またそういうこと言う。だいたいね、今年のミスコンは私じゃなくて貴女が一位だったじゃない。美人っていうなら明日花の方が美人でしょ」

「まあ、そういう考え方もありますね」


 あたしはそう言ってから、本日のキスをする。突然のキスに驚いた先輩もやがて積極的に応えてくれる。

 ほら、先輩は美人かわいい。



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