ゾンビとプリン

空音ココロ

ゾンビとプリン

 今日は久しぶりに家を出て彼氏さんの家に来ている

 いつもは彼が私の家に来てくれるのだが今日は風邪をひいたらしい。

 ぶっちゃけ寝てれば治るじゃん、私が行く必要ないよね、と思っていたのだけど彼が駄々をこねるので致し方なく家に向かった。


「来たよー」

「おぉ~……、ありがとう~……」


 病人が寝ているので私は窓を閉めて距離を置く。そしてノートパソコンを開いた。仕事の時間である。彼が来てくれと言ったので来ただけなのだ。


「ねぇー、芳香さん、喉渇いたよぉ〜」


 何やら言っているようだが私は仕事中なので彼の声は右から左へと向けている。


「ねぇ〜、芳香さんー」


 何回か言われてまったくと思ったのだがしつこいのでドアを開けてチラリとのぞいてみた。


 ゾンビのように床をはっている彼氏がそこにいた。うわぁと思ったが私のような素人が手を出すと余計に悪化するに違いない


「たーすーけーてー」


 ゾンビだ。

 これは私の手に負えない

 あれだ、傘のマークの会社とか検疫部隊にお願いしないといけない

 私も噛まれたらあんな感じになるのだろうか一緒になって床を這いつくばって。

 と考えたけれども、仕方ない。


「どうしたの?」

「喉が渇いた~」

「ほれ、水だ」

「ありがと~」


 彼は私が渡したペットボトルの水を受け取って飲むとそのまま床に倒れた。


「おいー、そんなところで寝ても風邪は治らないぞ」

「ん~、ちょっとだけ」

「ちょっとじゃない、さっさと布団で寝るよ」

「ん~、もうちょっと」


 まったく、梃子でも動かないつもりなのか、もうちょっとと言うので横にしゃがみ込んでみていたけれど動く気配がない。死んだか?

 ちょっとだけおでこに手を当ててみる。


「冷たくて気持ちいい~」


 気持ちいいとか何言ってるの。というより結構な熱だったんだな。病院いけ、病院。


「寝てれば治るから〜」


 力の無い返事が返ってくる。

 いや、返事じゃ無い。ただ唸っているのか、考えを読んだのか。こいつエスパーか?どう考えているか分からん。

 手を当てているとだんだん自分の手が熱くなってきた。

 もういいだろうと思って手を外すと途端に寂しそうな顔をする。


「熱いよ〜」


 だったら水でもかぶるか、氷でも背中に入れてみようかとか一瞬考えがよぎる。一応やらないでおいてあげよう、一応彼氏だから、いや一応彼氏だからやってもいいのか?かれしってなんだ?そんなことを考えながら口では


「いいから布団に戻れ、ほらほら」


 そう言って彼をあるべき場所へとかえしていった。


「風邪うつるから部屋出るよ」


 私は抑揚のない声を投げかけて布団に包めた彼から離れる。

 ペットボトルの水はギリギリ手の届くところに置いておいた。ゾンビになられてはたまらないからな


 部屋に戻りパソコンで仕事をする。

 カタカタと音を立てるのと、時計のチリチリとした細かな音だけが部屋に響く。


 腹が減った。


 冷蔵庫を見るとろくなものがない。

 あいつは一体何を食べて生活しているんだ。私を飢えさせて何かするつもりなのか

 一つプリンがあったので手にとりフタを開ける。

 コンビニでも売っている量産のプリン。特に感動もしないが不味くもなく飢えと甘味を求める舌を満たすには充分だ。


 そんなことを考えていたらなんだかプリンに魅力が無くなってきたのでバックにある非常用のチョコを食べた。


 この魅力のないプリンはあいつに食べさせてやろう。しょうがないから、ゾンビにプリンか。可愛くないな


 プリンを持って彼氏の元へと行く。


「お腹すいた」


 あまり覇気のない甘ったるい声を出す。なんだ起きていたのか、よかったな甘ったるいお前にピッタリなプリンだ。


「あー、プリンだ〜」


 そのまま瞳がとろんとし始めたので仕方なくスプーンで口へとねじ込む。


「おいしいよ〜」


 なんだか幸せそうな顔をしてプリンを口にねじ込まれた後に彼氏は寝てしまった。


 私は部屋へと戻る。

 これは仕方のないことだった。

 全て言い訳は立つ。


 この日、初めて「あ〜ん」をすることに成功した。

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