空回り(KAC3:シチュエーションラブコメ)
モダン
ある夜の悲哀
結局、俺はドアを開けちゃったわけ。
カラコローン。
「あ、いらっしゃい」
にこやかに声をかけてくれたマスターの前に腰かける。
「なんでカウンターなの。こんな空いてんのに……」
マスターの後ろから女が現れた。
「この間、調子に乗って入れたボトルを消化しにきたんだよ。お前に会いに来たわけじゃないからほっといてくれ」
そんな言葉をよそに、女は三日前の俺を真似てみせた。
「俺、もうしばらく来ないから」
くくっと笑う。
「馬鹿にしやがって」
「馬鹿になんかしてないわよ。喜んでるの。もう会えないかと思ってたのに、三日で顔が見れたんだもの。まあ、三日間よく我慢できました」
「それが馬鹿にした態度だっつってんの」
「まあまあ。
彼女、あの後、本当に寂しそうだったんですよ。きっと、その反動でテンション上がっちゃってるんでしょう。勘弁してやってください」
「マスターは客あしらいに長けてるからさ。
その分、話をそのまま鵜呑みにはできないんだよね」
「恐れ入ります」
「俺、このボトル空にしたら、本当にもう来ないから」
「また入れさせちゃうし」
女が茶化してくる。
「お前の問題はそういうとこなんだよ。そこはさ、『ボトルを空にさせたくないから今日は他のものを頼んでね』、とか言えばいいんじゃないの」
「そう言いたかったけど、思い通りになる女はすぐ飽きられるような気がして……」
しおらしくふるまう女。
「ないない。お前にそんなデリカシーはない」
「なんで決めつけるのよ。
そう、あなたは私のことがすべてわかってるのね」
「いや、別にそんな話、してないし……」
女は俺のしどろもどろの言葉を遮って、まくし立ててくる。
「私、あなたと違って自分のことさえよくわからないの。
だから、私のこと教えてくれないかな?」
「何なんだよ、まったく。めんどくさい」
「私が本当に好きな人って誰なんだろう」
「はあ?さすがにそれくらい自分でわかるでしょ」
「わからないのよ。
想像の世界では、自信に満ち溢れた若い実業家に守ってもらいたい、なんて思ったりもするんだけど、実際は、正社員にもなれず借金まみれの、スナック通いに自己嫌悪、なんて人と付き合うこともありえると思うわけ。確率は低くてもね」
「お前の例え話は、鋭いトゲだらけだな」
「ありがとう」
「ほめてねえよ」
女はちらりと男の手を見る。
「それより、その包帯どうしたの」
「前回ここから帰るときにちょっとな」
「私にムカついて電信柱でも殴ったんでしょう」
「電柱じゃねえよ。ブロック塀……」
「マジか……」
「そっちこそ俺のことがわかるって言いたいんだろう。だったら、俺の好きな人あててみろ」
「私に決まってるでしょ」
俺は笑い飛ばそうと思ったが、その笑顔はたぶんひきつっていたと思う。
「でも、こんな私じゃあなたはストレスがたまるばかりよ。人生のパートナーにするなら本当に必要なものを与えてくれる人じゃないと……」
「何言ってんだよ、おかしな奴だな」
「私との関係は、お店での、この距離感がベストなの。……うーん、なんだか自分に言い聞かせてるみたいね」
「はいはい。客としてまた来ればいいんだろ。わかったよ」
「ごめんなさい。本当に自分のことがわからなくて……。今のままが安心できるのよ。案外、臆病者なのね、私」
「そんなわけねえだろ」
彼女の言う通りなのかもしれないな。
俺のボケに毎回きちんと突っ込んでくれるから、これは相性がいいんだと勝手に思い込んでたんだけど、正直、家庭でくつろぐ相手ではなさそうに思える。
実際は、そんな一面も持ってるんだろうけど、それはまた別の男に見せる顔なんだろう。
あーあ。これからも憂鬱な日が続くんだなあ。もう、なにもする気になれないよ。
何?いずれ時が解決してくれるって?
うるさい。
解決されるまで毎日こんな気分でいるのが嫌だって言ってんだよ。
付き合ってられない?
別に付き合ってくれなくて結構。
じゃあな。
空回り(KAC3:シチュエーションラブコメ) モダン @modern
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