こいわずらい

都世坂柚奈

こいわずらい

「ねぇ、まーくんって告白……したことある?」


冴木誠は、あまりの衝撃に飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。恋の2文字に疎いと思っていた姉から、突然の恋バナに完全に動揺している。

自慢の姉、冴木汐里は、みんなのアイドル。華の女子大生でスタイル抜群、清楚で可憐な姉は、近所では高嶺の白百合と呼ばれていた。俺は、そんな高嶺の花にかれこれ10年程片思いをしている。


「あ、あるに決まってんじゃん。姉ちゃんこそしたことくらいあるだろ?」

「ない」

「されたことは?」

「たぶん、ない」


たぶんって何?とツッコミを入れたくなったがそこはあえてスルーした。俺にはその言葉の真意が知りたかったから。冷めきった珈琲を口に運び、平静を装い動揺を必死に隠した。


「……姉ちゃんが相談なんて珍しいね。なんかあったの?」

「実は今、告白しようと思ってるんだけど、この気持ちをどうやって伝えたらいいか分からなくて」

「好きなら素直に伝えたらいいんじゃない?」

「そうなんだけど、こういうの初めてだから上手く言えるか心配で」


ソファーで珈琲を飲みながら、溜息を零す姉。客観的にみると完全に恋煩いだが、これを認めてしまえば俺は終わる。バットエンド一択。


「俺で練習、してみる?」

「……ホントに?ありがとう!」

「相手のどんなところが好きなの?」

「何も言わなくてもお互いのことが分かってて、一緒にいるだけで癒されるの。こんな気持ち、なったことなくて……どうしたら伝わるかな」


皆まで言うな。俺自身も分かってる。これが俗に言う何もしてないのに振られる奴のフラグだって。それでも、嬉しそうに話す姉があまりにも可愛くて仕方ないから、俺は答えてしまうんだ。


「それでいいんじゃない」

「え?」

「変に考えたりすると頭真っ白になったりするからさ。姉ちゃんの気持ち、まっすぐ伝えたらいいと思う」

「上手く伝えられるかな……」

「難しく考えすぎ。ただ思ってることをありのまま伝えるだけでいいんじゃない?」

「……うん。まっすぐ伝えてみるね。まーくんに話して本当に良かった、ありがとう」


満面の笑みで笑いかけられると、何もかもがどうでもよく感じてしまう。そう思ってしまう俺は相当なお人よしだと改めて認識した。


後日、何故か告白に付き合って欲しいと姉に頼まれ、向かった先は公園。

告白相手は、夕方の決まった時間に現れるらしい。俺は離れた場所から見守ることにしたのだが、相手は一向に来る気配がない。もう1時間も経っている。

姉に聞いた話では、一緒にいると言っても姉が一方的に話しているだけで、連絡先も交換していないらしい。


「あ、来た!」


姉の弾む声の先を確認するが、そこに人の姿はない。いるのは真っ白な猫1匹。

猫の飼い主か?としばらく見守るが姉の視線は猫に夢中だ。

ここですべての謎が解けた。姉の想う相手は、人じゃない。野良猫だったのだ。

姉は慣れた手つきで猫を膝に乗せ、丁寧にブラッシングをしている。

そうだ、来世は猫になろう。兄弟なんて近すぎる存在じゃなくて、本能のまま姉の太ももを思う存分堪能しよう。そう思った夕焼け空だった。






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