そうだ、デートをしよう

「愚弟、デートをするぞ」


「……何だって?」


 いつも通りの放課後の部室で、姉さんがおかしなことを言い出した。


「だから、デートをするぞと言ったんだ。私は何かおかしなことを言ったか?」


「うん、言ったね。姉さん何か悪いものでも食べた?」


「お前は失礼な奴だな」


 姉さんにだけは言われたくないと思うのは、僕だけなのだろうか?


「あの松下先輩……いきなりデートなんて言い出してどうしたんですか? 何か理由があるんですか?」


 おずおずと姉さんに訊ねた愛上さん。


「いい質問だ、蛍君。そこの愚弟とは大違いだ」


 満足げに何度も頷く姉さん。腹立たしいことこの上ない。


「愚弟、お前はこの前からストーカーの件で頭を悩ませていただろう? そんなお前可哀想に思ってな。この度私がストーカーを見つけ出すためのいい案を思いついたのだ」


「……それでデートなんて言い出したわけ?」


「そうだ」


「なるほどなるほど……意味が分からないよ」


 常日頃頭のおかしいと思っている姉さんだけど、今回は特に酷い。本当に何か悪いものでも食べたのかもしれない。


「何だ、本当に分からないのか? 仕方ない、特別に私が一から説明してやろう」


 そう言って、姉さんは得意げに語り始める。


「いいか愚弟? 今回私がデートと言い出したのはだな、中々尻尾を見せないストーカーを誘き出すためなんだ」


「ストーカーを誘き出す?」


「私とお前でイチャコラデートして、ストーカーの嫉妬心を駆り立てるんだよ。お前に劣情を抱いているのなら、私とのデートを妨害しようと何かしらのアプローチをしてくるはずだ」


「……その作戦って大丈夫なの? ストーカーがキレて直接危害を加えてきたりしない?」


 最近ニュースでストーカー事件で人が死んだなんて話も聞く。僕のストーカーの件もそうならないとは限らない。


「問題ない。何があっても犠牲になるのは愚弟だけだ」


「問題しかないよ!?」


 この人は、いったい僕のことを何だと思っているんだろう?


「そ、そもそもストーカーがデートを目撃してくれる保証なんてどこにもないよ!」


「その点は安心しろ。詳しくは言えないが、ストーカーは絶対にデートを見に来る」


 きっぱりと断言する姉さん。


 何の根拠もないのだから、普通は信用できない。しかし、今まで姉さんが絶対と言った時、その通りにならなかったことはない。


「……本当に大丈夫なの?」


「ああ、お前の身の安全以外なら保証しよう」


 できれば僕の身の安全を一番に保証してほしかった。


 しかしこれ以上ストーカーの件で頭を悩ませていると、ストレスで死んでしまう。多少のリスクは覚悟してでも、姉さんの話に乗った方が懸命だろう。


「……分かったよ、姉さんとデートするよ。いつするの?」


「来週からゴールデンウィークだから、そこでどうだ?」


「僕は別に予定がないからいいけど……」


「なら決まりだな」


 満面の笑みを浮かべる姉さん。


 そんな感じで話が一段落したところで、僕に嘲るような笑みを向けてくる倉敷さんの存在に気付いた。


「……何か僕に言いたいことでもあるのかな、倉敷さん?」


「いえ別に? ただ、部長とデートする日があなたの命日になると思うと、笑いが――ぷっ……」


「笑い事じゃないよ!?」


「……そうね、確かに笑い事じゃなかったわ。ごめんなさい。でも安心して。あなたのお葬式にはちゃんと参加するから!」


 彼女は安心という単語を間違えて覚えているのだろう。でなければ、あんな血も涙もないことを平気で言えるはずがない。


「安心しろ、愚弟」


 絶望的な気分になっていた僕の肩に、姉さんが優しく手を置く。


「ね、姉さん……!」


「参加するのは私とお前だけではない。オリヴィア君と蛍君にも協力してもらうさ」


「「え……?」」

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この中に一人、ストーカーがいる エミヤ @emiya

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