ストーカーのお勉強その2

「いてて……ねえ、僕の顔のアスペクト比、変わってないよね?」


 縄の拘束を外された僕は、姉さんのアイアンクローを受けて痛む頭部を撫でながら、近くにいる倉敷さんに訊ねた。


「ええ、大丈夫よ。いつも通り醜悪極まりない容姿だわ」


 訊く相手を間違えた……。


 こんなことなら愛上さんにでも訊けば良かったのだろうけど、現在彼女はこの場にいない。


 姉さんと一緒にどこかに消えてしまったのだ。


「……ええと、それで今から何をするの?」


 愛上さんからはストーカー対策をするとか何とか聞いていたけど、それだけじゃ何をするのか具体的には分からない。


 嫌な予感をひしひしと感じていると、不意に倉敷さんが不敵な笑みを浮かべた。


「ふふふ、あなたが昨日ストーカーのことを話してから、私は家で考えたわ」


「……訊きたくないけど一応訊いておくよ。何を考えたのかな?」


「もちろん、あなたの悩みをどうすれば解決できるかを考えていたのよ」


 友人が自分のために考えてくれている。普通なら喜ばしいことだろう。けど、残念なことに僕は素直に喜べない。


 だって、考えているのが倉敷さんなんだ。絶対まともな結論を出さない。


「そして私は一つの結論に達したわ。それが――このゲームよ!」


 そう言って、倉敷さんが目の前のパソコンを指差す。パソコンの画面には、『ドキドキ! ストーカーとの甘くて過激な日常!』という文字と一緒に、少女漫画のような可愛らしい女の子が映し出された。


「……何これ?」


「何って、見ての通りゲームよ。もちろんただのゲームではないわ。これは私がお父様に頼んで、ゲーム部門の人間に一日で作らせた特注品よ」


「……ということはまさか、あの倉敷企業の力を使ったってこと!?」


 倉敷企業。あらゆる部門において世界でもトップクラスの業績を納め、世界の一割を掌握してると言われるほどの大企業だ。


 そして倉敷さんはそんな大企業の社長令嬢。完璧な容姿と大企業の社長令嬢という肩書き。


 天は二物を与えずなんて言葉があるけど、倉敷さんを見ているとバカらしく思えてきてしまう。


「でも、たった一日で作ったんだよね? 完成度とかは大丈夫なの?」


「クオリティなら問題ないわ。ゲーム部門の社員を馬車馬のようにコキ使って作らせたから」


「うわあ……」


 馬車馬のようにコキ使われた社員の人たちには、同情を禁じ得ない。


「とにかく、このゲームはストーカーの習性を理解するために作ったものよ。これを使って、あなたにはストーカーについて学んでほしいの」


「ストーカーについて学ぶって……それって何か意味があるの?」


 僕が知りたいのはストーカーの正体であって、ストーカーの習性じゃないんだけどなあ……。


「つべこべ言ってないで、いいからとっととやりなさい」


「はあ……分かったよ」


 これ以上急かされるのも面倒なので、渋々とではあるがパソコンの前に座る。


 マウスを操作してタイトル画面のスタートをクリックする。


 主人公のモノローグを適当に読みながら、ゲームを進めていく。


 まだ序盤ではあるが、ゲームの内容はとても一日で作ったとは思えないほどの高クオリティだった。


 しばらくは特に問題もなく物語は進行していたが、主人公が学校に行くために家を出たところで変化が起こった。


 主人公がメインの美麗なCGの端に、黒っぽくて明らかに怪しい人影か映っていた。


 しかし変化はそれだけではない。次の瞬間、画面に二つの選択肢が表示される。


『ストーカーから逃げる』


『ストーカーに立ち向かう』


「これは……」


 どうしよう。僕はこの手のゲームをやったことがない。なので、こういった場合の正しい選択肢が分からない。


 何となく、チラリと後ろで見守っていた倉敷さんに視線を寄越す。


「悪いけど、そんな顔をしたって助けてはあげないわよ?」


「うぐ……」


 僕の考えなどお見通しのようだ。


 こうなっては仕方ない。自力で考えるとしよう。


 僕個人としては『ストーカーから逃げる』の方が正しいと思う。『ストーカーに立ち向かう』は勇ましくはあるけど、常識的に考えてあり得ない。


 マウスを動かして『ストーカーから逃げる』を選択する。


【僕は曲がり角を曲がったところで駆け出した】


【背後を振り返ると、怪しい人影が僕の後を追いかけていた】


【しかし足は僕より遅い。これなら――】


 次の瞬間、画面が暗転した。次いで、『GAME OVER』の文字が映し出される。


「……何これ?」


 本日何度目になるか分からない疑問の言葉。


「え、ちょっと待って。何でゲームオーバーになってるの? 意味が分からないんだけど……」


 答えを求めるべく、再度倉敷さんの方に視線を向ける。しかしそこには、


「あなた、何をやってるのよ?」


 心底呆れたと言わんばかりの表情の倉敷さん。どうしてそんな表情をしているのか、僕には理解できない。


「そんな体たらくで、本当にやる気があるのかしら?」


「いや、ごめん。今のってやる気云々でどうにかなるものじゃないと思うんだけど……というか、何でいきなりゲームオーバーになったの? 知ってるなら教えてよ」


「……仕方ないわね、特別に教えてあげるわ。今のわね、車に轢かれて死んだのよ」


「え、何で?」


 倉敷さんの言ってることがよく理解できなかったので、思わず聞き返してしまった。


「何でって、ストーカーに気を取られて後ろばかり見ていたからに決まってるじゃない。前を見て走るのは常識的でしょう?」


 言ってることは至極真っ当なのに、何となく不条理なものを感じる。これって僕がおかしいのかな?


 何となく腑に落ちないけど、文句を言っても始まらない。もう一度最初からスタートする。


 そして先程の選択肢のところまで読み進める。


『ストーカーから逃げる』


『ストーカーに立ち向かう』


「さっきの選択肢が間違いってことは……」


『ストーカーに立ち向かう』を選択する。


 次の瞬間、画面が真っ暗になった。続いて『DEAD END』の文字が出てきた。


「…………」


 どうしろっていうんだよ……。


「ダメじゃない。相手はストーカーよ? 常識的に考えて立ち向かうなんてあり得ないわ」


「いや、ならどうすればいいの? もう選択肢は両方共選んじゃったよ?」


「全く、貸しなさい。初回サービスで私が正解を教えてあげるわ」


 倉敷さんが僕を押し退けてパソコンの前に座る。


 倉敷さんはゲームを最初からスタートとして、慣れた手つきで先程の場面まで行く。


 倉敷さんはどちらの選択肢を選ぶのかと見守っていたが、倉敷さんはそこで手を止めた。


「倉敷さん? 選択肢を選ばないとゲームは進まないよ?」


「そんなことはあなたに言われなくても分かっているわ。まあ、少し待ってなさい」


 更に待つこと一分ほど。そこで画面に変化が訪れた。


 何と選択肢が消え、ゲームが進行し出した。


「ストーカーは刺激しないのが一番の正解よ。あんな選択肢、普通なら選ばないわ」


「えー……」


 あまりにもメチャクチャな物言いに頭を痛めていると、パソコン教室の扉が音を立てて開かれた。


「遅れてすまない。もう始めてしまったかな?」


「始めたのはついさっきだから問題ないわ」


 現れたのは、小包を抱えた姉さんと愛上さんだった。


「そうか。それなら良かった」


 言いながら、姉さんは僕の方までやってきて小包をパソコンの側に置いた。


「姉さん、この小包は?」


「これか? これはだな……お前への罰だ」


「罰?」


 言葉の意味がよく分からず、首を傾げる。


「お前がそのゲームで選択ミスをする度に、この小包の中にある、お前が中学の頃にしたためたポエムをネットに上げる」


「んな……!?」


 姉さんの言葉に息を呑む。


「な、何で姉さんがそれを持ってるの!? あれは高校に上がる前に捨てたはずなのに!」


「拾っておいたんだよ。こういった事態を想定してね」


 どんな想定だ、とツッコまずにはいられない。


 しかしマズい。姉さんの言葉通りなら、あの小包の中には、僕が当時漫画の影響を受けまくって書いた思春期の過ちが大量に入っている。


 あれをもし誰かに聞かれたら――社会的死は免れられない!


「そういえば部長。この男、ついさっき二回も選択を間違えてたわ。早速罰を与えてちょうだい」


「何、そうなのか? なら早速二枚ネットに上げるとしよう。ええと、タイトルは……『この世界に捧ぐ鎮魂歌』『心で紡ぐ反逆の牙』。……流石は愚弟だ、余りの痛さに私も読むのが恥ずかしくなってしまったよ」


 若干頬を赤らめる姉さん。こんな反応をする姉さんは滅多に見られ――って、そんなことを気にしている場合じゃない!


 早く姉さんの鬼畜な所業を止めなければ!


「よし蛍君。この二枚をネットに上げておいてくれ」


「分かりました、松下先輩」


「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ――その後必死の抵抗も虚しく、僕の黒歴史がネットという名の大海原へ流されるのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る