ストーカーのお勉強その1
それは、ストーカーの件を姉さんに相談した次の日のことだった。
『天文部部員へ。
本日の活動はパソコン教室で行う。ホームルーム終了後、すぐにパソコン教室に来るように
天文部部長より』
丁度昼休みになったタイミングで、姉さんからメールが送られてきた。内容からして、天文部のメンバー全員に送られたのだろう。
一見すると何の変哲もない内容。しかし、
「……嫌な予感がする」
僕の姉さんとの付き合い歴十年の直感が、警鐘を鳴らしていた。
そもそも、普段はまともに部活動をしない姉さんがこんなメールを出す時点でおかしい。絶対に何か裏があるはずだ。
「……サボるか」
「――何をサボるって?」
戦略的撤退を心に決めようとしていた僕に、背後から声をかけてくる者がいた。振り返るとそこには、
「……何でもないよ、彰」
「そうか? なら一緒にメシ食おうぜ」
「うん、いいよ」
空いてる席を動かして向かい合うような形で座り、互いに弁当を取り出す。
「そういえば、昨日はどうだったんだ?」
「どうだったって……何が?」
「ほら、ストーカーの件だよ。生徒会長に相談するって言ってただろ?」
「ああ、あれね……」
「どうなったんだよ? 教えてくれよ」
なぜか興味津々の彰。この男はどうしてストーカーの話題でここまでハシャげるのだろうか?
まあ教えない理由もないし、もしかしたら姉さんのアドバイスから彰がストーカーの正体を突き止めるかもしれない。
「なあなあ、教えてくれよ」
「分かったよ。教えてあげるから、そんなに急かさないでよ」
急かす彰を落ち着かせながら、さてどうしたものかと考える。
最もまともだったのは姉さんの意見だけだったけど、倉敷さんの意見もあながちバカにできたものではない。
しかし僕は口下手というわけではないけど、二人の意見をまとめて正確に伝えられるほど話し上手というわけでもない。
こういう時は要点をまとめた方がいいだろうと考え、昨日の二人の話を思い返す。
そして頭の中で上手い具合に整理してから口を開く。
「――実は、僕のお尻の貞操が危機的状況に陥っているんだ」
「お前はいったい何の相談をしたんだ?」
彰に真顔でツッコまれた。心なしか、僕を見る目が冷めたもののように感じる。
「ごめん、今のなし。ちゃんと説明するから、少し待ってくれない?」
「お、おう……」
いけないいけない。流石にハショりすぎた。いくら倉敷さんの意見が印象強かったからって、あんな説明じゃ彰におかしな誤解を与えかねない。
……もう変にまとめたりせず、普通に話すか。多分それが変な誤解もされず一番早い。
「ええと、実は――」
それから二十分ほど時間をかけて、しっかりと説明をした。
時折彰が顔をしかめたりもしたけど、まあ問題はないだろう。
「なるほどなあ……」
昨日のことを全て話し終えると、彰はボソリと呟いた。
「結局ストーカーの正体は分からなかったってわけか」
「うん。僕の知人の可能性が高いって姉さんは言ってたけど、それだけじゃ流石にねえ……」
知人となるとそれなりの人数がいる。その中から一人を特定するのは難しい。
「……ところで話は変わるけどよ、倉敷さんってお前の言う通り、エロい話ばかりするキャラなのかよ?」
「うんそうだよ。彰知らなかったの?」
「俺は同じクラスなったことねえからな。話したことすらねえよ。それにしても、あの美人の倉敷さんがなあ……」
そういえば僕も去年今年と倉敷さんとは別のクラスだ。初めて倉敷さんと会ったのは、姉さんに強制的に入部させられた天文部。
初対面の時こそ、こんなに綺麗な人がこの世にいるんだなあ、と感動したものだが、その幻想は彼女が口を開くと同時にあっさりと打ち砕かれた。
今はある程度彼女の猥談にも慣れてしまったけど、どうして彼女が猥談ばかりするのかは未だに謎だ。
「疑うなら今度天文部に来たら? 十分もいれば、僕の言葉が嘘じゃないことが分かるよ」
「いや、やめとくよ。お前がそんな嘘を吐くとは思えないしな」
「そう。まあ気が向いたら遊びに来ていいよ。どうせまともに部活動してないし」
そこまで話したところで、不意に昼休み終了のチャイムが鳴った。
どうやら話に熱中してる間に、かなりの時間が経過してしまったようだ。
僕は慌てて残りの弁当を口に放り込むのだった。
「最悪だ……」
放課後のパソコン教室で、僕は絶望に満ちた言葉を漏らした。
「おいおい、元気がないぞ愚弟よ? いったい何が最悪なんだ?」
「今僕が両手足を縄で縛られてるという現状がだよ!」
現在僕は、両手足を縄で縛らた状態でパソコン教室の席に座らされている。
「何でこんなことをするの!? 早く縄をほどいてよ!」
「それはお前が逃げるからだ。私だってお前が逃げないのなら、両手足を縛ってパソコン教室まで引きずってきたりはしない」
抗議の声を上げた僕に、姉さんは淡々と言葉を返した。
僕は昼休みのメールから嫌な予感がしたから、今日の部活をサボろうとしただけなのにあんまりな仕打ちだ。
「部長、それ以上そこの童貞と口を聞いても時間の無駄よ。童貞の言うことなんて、八割は戯れ言。残りの二割は戯言なのだから」
「倉敷さん、それは全世界の童貞にケンカを売ってるってことでいいのかな?」
「……そんなことより部長、さっさと準備を始めましょう」
あ、無視された!
僕の言葉をこれでもかというくらい見事にスルーした倉敷さんは、姉さんを連れてパソコン教室の奥の方に消えていった。
結果、この場に残ったのは縄で手足を拘束された僕と、
「……ねえ愛上さん、少し話が――」
「お断りします」
「うん。断るなら、せめて最後まで話を聞いてからにしてくれないかな?」
「……仕方ありませんね。話だけなら聞いてあげますよ」
渋々といった様子ではあるが、一応話を聞く気にはなってくれたようだ。
「ねえ愛上さん。とりあえずこの態勢はキツいから、縄をほどいてくれないかな?」
「はい、超お断りします」
にべもなく断られた。超ショックだ。
「……どうしてもダメ?」
「はいダメです。松下先輩と倉敷先輩に絶対に縄をほどくなと言われてるので」
「そこを曲げて何とか……」
「絶対に嫌です。あの二人に逆らうなんて、できるわけがないでしょう……」
まあそうだよね。僕も逆の立場なら、愛上さんと同じことを言ってたと思う。……仕方ない、愛上さんに頼るのはやめよう。
「なら愛上さん。今から二人が何をしようとしているのかだけでも教えてくれないかな?」
「それくらいなら別にいいですけど、私も大したことは聞いてませんよ? ……確か二人はストーカー対策と言ってましたね」
ストーカー対策……どうしよう、嫌な予感しかしない。これは一刻も早く抜け出さなければ!
何とか縄をほどけないものかともがく。けれど、余程ガッチリ結んでいるのか全く縄が緩む様子はない。
「おい愚弟、準備ができたぞ」
何とか抜け出そうと努力していると、いつの間にやら姉さんがすぐ側に迫っていた。
い、いったい何の準備ができたというのだろう? 今すぐ逃げ出したいところだけど、残念なことに僕は身動きが取れない。
しかし、僕もただでやられるほどヤワな人間じゃない。負け惜しみにしか聞こえないけど、一言ぐらい言ってやる!
「か、身体は自由にできても、心までは自由にできると思わないでね!」
「お前は何を言ってるんだ?」
姉さんの呆れ混じりの声。なぜそんな反応をするのだろう?
「まあいい。とりあえず縄はほどいてやるから、あまりジタバタ動くな」
「え……ほどいてくれるの?」
「当たり前だ。お前は私を何だと思ってるんだ?」
「人でなし」
「…………」
「あ、ごめんなさい姉さん! 謝るからアイアンクローはやめ――痛い痛い痛い痛い!」
パソコン教室に僕の絶叫が木霊するのだった。
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