相談その2

 開かれた扉の向こうから、白銀色の髪をサイドテールでまとめた少女が姿を現した。


「遅れてしまってごめんなさい。掃除に少し手間取ったわ」


「ううん、気にしないでいいよ。どうせいつも通り、まともに活動する予定なんてないし」


 彼女の名前は倉敷くらしきオリヴィア。クラスは違うが、僕と同じく天文部所属の二年生。名前からも分かる通り、彼女はハーフだ。確か日本人の父とヨーロッパの方出身の母を親に持ってるとか。


 母親譲りであろう滑らかな銀髪に日本人離れした彫りの深い顔立ち。外見は完全に外国人だ。


 まあ実際、この学校に入学するまでは母親の母国に暮らしていたらしいので、本人もあまり日本には慣れてないとのことけど。


「……ところで、何やら卑猥な話をしてるのが廊下まで聞こえてきたのだけど、いったい何の話をしていたのかしら?」


「うん。君は何を言ってるのかな?」


 倉敷さんは姉さん同様、校内にファンクラブが存在するほど人気だ。まあ、絶世の美女なんて言葉が似合うほど綺麗な容姿なのだから、当然と言えば当然だけど。


 しかし容姿とは対照的に性格は姉さんに負けず劣らずの酷いもの。隙があれば猥談をねじ込んでくる、どうしようもない女の子だ。


「……あのさ、僕と姉さんは別におかしな話はしてないよ? ただちょっと相談に乗ってもらってただけ。卑猥な話なんてしてないよ」


「なら、どんな卑猥な相談をしていたのかしら? 包み隠さず私に教えなさい」


「だから卑猥な話なんてしてないってば……」


 呆れ混じりにそう言うと、なぜか倉敷さんは驚愕の表情を浮かべていた。


「嘘よ……思春期男子が年上のお姉さんに相談なんて、卑猥なこと以外にあるはずないわ! 正直に白状しなさい!」


 ……何か頭が痛くなってきた。どうすればまともに話を聞いてくれるのだろうか?


「はっはっは。オリヴィア君、愚弟はムッツリなんだ。そろそろ許してやってくれないか?」


 一連の会話を無言で見守って姉さんが、口を挟んできた。


「悪いけど、いくら部長の頼みでもそれは聞けないわ。私は今からこの男に、あることないことしゃべってもらわなくちゃいけないのよ」


「いや、ないことはしゃべれないから……あと姉さんは僕が何の相談をしてたか知ってるよね? ちゃんと弁明してくれないかな?」


 この人はどうして話を余計にややこしくするのだろうか? 倉敷さんとは別の意味で頭が痛くなってきた。


「あのね、倉敷さん? 僕が姉さんに相談していたのは、ストーカーに関することなんだよ」


「ストーカー……いったい誰をターゲットにするのか知らないけど、あなた、それは犯罪よ?」


「いや、別に僕はストーカーのなり方を相談したわけじゃないから。ストーカー被害に遭ったことを相談してただけだから」


「……おかしいわね、エイプリールフールはもう二週間も前のことよ?」


「別に僕、嘘なんて吐いてないよ?」


「…………」


 倉敷さんの表情がストーカー被害の話を聞いた時の彰や姉さんと同じものになる。


「……ちょっと待ってなさい」


「僕は別に疲れておかしな妄想をしたわけじゃないから、缶コーヒーなんて買いに行かなくていいよ」


 科学室を出ようとした倉敷さんの手を掴む。


 流石に三度目ともなると行動も読めてくるので、今回は阻止させてもらった。


「……なぜ私の行動が分かったのかしら?」


「同じような反応をした人が先に二人もいたからね」


「……なるほど。流石は私の見込んだ男。ただの童貞ではないというわけね」


「ねえ、ここで童貞を持ち出す必要ある?」


 童貞に差なんてものがあるのだろうか? そもそも彼女は僕の何を見込んだのだろうか? 気にはなるが、答えが怖いので訊けない。


 倉敷さんは僕のツッコミをスルーして、姉さんの隣の席に座る。


「ねえ部長。あの童貞名人の言うことは本当なのかしら? 私には、童貞を拗らせた悲しき男の妄言にしか聞こえないのだけれど」


「残念ながら本当だ。証拠の手紙もある」


 言葉通り心底残念そうな声音で、姉さんが二通の手紙を倉敷さんに手渡す。


「これは……」


 二通の手紙に視線を落とした倉敷さんは、目まぐるしく視線を動かしてそれらを読み上げた。


「……どうやら嘘ではなかったようね。謝罪させてもらうわ、童貞名人」


「本当に謝る気があるなら童貞って呼ぶのやめようか? 謝罪に悪意しか感じられないから」


 というか童貞名人って何だろう? まるで将棋のタイトルみたいなネーミングだ。


「それで、犯人については目星は付いてるのかしら? どうせこの童貞を狙うような物好きなのだから、まともな人間ではないでしょうけど」


「色々と引っかかる物言いだね……姉さんが言うには、ストーカーは僕の身近にいる人らしいよ」


「なるほどね……」


 納得したように顎に手を当てて数回頷いた倉敷さん。


「ところで、そのストーカーの性別は分かっているのかしら?」


「性別? ……普通に考えて女の子じゃないの?」


「流石は童貞。短絡的な考え方ね」


「いや、短絡的も何も男のストーカーをする男なんて普通――」


「まず最初に言っておくわ。あなたはブサイクよ」


 僕の言葉に被せるようにして、倉敷さんがとんでもないことをのたまった。


 ……僕はなぜ一日に二度もブサイクと呼ばれなくちゃいけないんだろう? ……何だか泣けてきた。グスン。


 ちょっと傷心気味の僕の心境など知るはずもなく、倉敷さんは続ける。


「ブサイクなあなたが女の子にモテるなんて、天地が引っくり返ってもあり得ないわ。つまり私が言いたいのは、ストーカーが男ではないか? ということよ」


「いやいや、流石にそれはないでしょ……」


 二週間近く前から僕の後を尾けていて、今日は恐ろしい手紙を二通も出してきたストーカー。


 その正体が実は男とか最悪だ。何が悲しくて男にモテないといけないのだろうか。冗談にしたって笑えない。


「そんなことはないわ。あなたは『校内掘りたい男子ランキング』三位の男よ。可能性は充分にあるわ。自信を持って!」


「何の自信を!? あと何その恐ろしいランキング!? 初耳なんだけど!」


「あら知らないの? 一部の腐女子の間で催されてるランキングよ。ついでにあなたは他にも『男受けする男子ランキング』で五位の猛者よ」


「さ、最悪だ……!」


 いつの間に僕は、そんなおぞましいランキングにノミネートさせられていたのだろうか? 頭が痛くなる思いだ。


「とにかく良かったじゃない。あなたはこれで童貞よりも先に処女を卒業できるわ。おめでとう」


 慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、パチパチと音を立てて拍手する倉敷さん。


 未だかつて、これほど嫌な称賛があっただろうか? いや、ない。


 僕のお尻の貞操が危機に瀕しているという現状に頭を悩ませていると、コンコンと科学室の扉を控えめにノックする音が聞こえてきた。

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