第二の手紙
「……どうしよう」
僕はいつもの通学路を歩きながら、そう独りごちた。
結局あの後、手紙に関しては現状どうにもすることができなかったので、いつも通り朝の家事を終わらせてから家を出た。
そして現在、自称『愛のストーカー』を名乗る者からの手紙について、歩きながら頭を悩ませている。
ストーカーはどうしてこのタイミングで手紙を出してきたのだろう? わざわざ自分の存在をアピールしてきたということは、何か狙いがあるはず。
そもそも、何で僕のストーキングなんてするんだろう? 僕は誰かにストーキングされるほど凄い人間でもないのに。
自分なりに考えてみるが、中々答えは出ない。というか、僕はこういう推理の真似事みたいなのは苦手だ。
餅は餅屋というし、ここはあの人に相談した方がいいだろう。
そう結論付けたところで、学校に到着した。
たくさんの学生が校舎に向かう流れに従って、僕も自分の下駄箱がある校舎へ向かう。
そして慣れた手付きで下駄箱の引き戸を引いて上履きを取り出そうとしたところで、
「ん……?」
下駄箱の奥まで伸ばした手が、カサリと音を立てて何かに触れた。多分触った感じからして紙の類いだろう。
けど僕は、下駄箱に上履き以外のものを入れた記憶はない。誰かのイタズラだろうか?
とりあえず、中のものを取り出してみる。
「これは……手紙?」
下駄箱の中に入ってたのは、白い手紙用の封筒だった。しかも、今朝のストーカーからの手紙に使われていたものによく似ている。
「……まさかね」
一瞬、嫌な考えが脳裏をよぎったが、気のせいだろう。……気のせいに決まっている。
冷や汗をかきながら封筒を開くと、やはり中には一枚の便箋。嫌な予感が真実味を増していく。
恐る恐るといった手付きで、二つ折りにされた便箋を開き、内容を確認してみる。
『あなたのことが好きです』
短い一文。一見すると、ただのラブレターのようにしか見えない。下駄箱というのはちょっと古典的な気がするけど、こういったシチュエーションは嫌いじゃない。
ただし、それはこの手紙がラブレターだったらの話だ。断言させてもらうが、これはラブレターではない。
なぜなら、手紙の書き方がとても独特だから。カクカクの、まるで定規でも使って引いた直線を繋ぎ合わせたような文字。
僕は最近――というか、今朝これと似たようなものを目にした。
差出人こそ書かれていないが間違いない。奴だ。自称『愛のストーカー』だ。
「…………ッ」
自宅だけでなく学校にまで、しかも僕の下駄箱の位置を把握して手紙を出していることに、ゾッと悪寒が走る。
「何なんだよ、いったい……」
朝の下駄箱で、僕は情けない声を上げるのだった。
「はあ……」
ホームルーム十分前。僕は二年A組の教室で、自分の机に頬杖を付きながら溜息を漏らした。
朝から溜息なんて幸先が悪いとは分かっているけど、それでも漏らさずにはいられない。
だって僅か三時間足らずの間に、二度もストーカーからの手紙を受け取ってしまったのだ。
溜息ぐらい吐いたって仕方のないことだろう。
「朝っぱらから溜息なんか吐いてどうしたんだよ、琢磨?」
沈んだ気持ちでいる僕に、不意に声をかける者がいた。声のした方を振り向いてみるとそこには、
「
中学時代からの親友兼クラスメイトの
「お前がそんな顔してるなんて珍しいな。何か悩みでもあるのか?」
「いや、別に何もないけど……」
まさかバカ正直にストーカーに狙われてるなんて言っても、信じてはもらえないだろう。
なので僕は嘘を吐くことにしたのだが、
「嘘だな」
なぜか彰にはあっさりと見抜かれた。
おかしいな。僕は別に嘘を吐くのが上手いというわけではないけど、特別下手というわけでもない。いったいどうしてバレたのだろう?
首を傾げる僕に、彰は話を続ける。
「なあ琢磨、俺たち友達だよな? 友達なら、悩み事は相談すべきじゃないか? もちろん相談したからって確実に解決するわけじゃないけどさ、それでも誰かに話すだけで大分気が楽になると思うぞ?」
「彰……」
親友の言葉に、思わず涙が溢れそうになった。
僕のことをここまで心配してくれるなんて……僕が女だったら多分惚れてたな。
「……分かったよ、彰」
彰がここまで言ってくれたのだ。僕も彼に応えるとしよう。
「実は僕、最近ストーカーの被害に遭ってるんだ」
「…………」
「彰?」
なぜか黙り込んだ彰。僕が何かおかしなことでも……うん言ったね。しっかりと言ったわ。
まあ、いきなりこんなことを言っても信じてもらえるはずないか。まずは、僕が冗談でストーカー被害に遭ってるなんて言ったわけではないことを信じてもらうところから始めないと……。
「……ちょっと待ってろ」
どうやって信じてもらおうかと頭を悩ませていた僕にそう言い残して、彰は能面のような表情で教室を出た。
もう少しでホームルームの時間だというのに、いったいどこに行くつもりなんだろう?
唐突にいなくなった彰に首を傾げたが、彰は数分もしない内に戻ってきた。
「これやるよ」
グイっと僕の眼前に一本の缶コーヒーが突き付けられた。甘いものが苦手な僕のことを配慮してか、ブラックコーヒーだ。
「これは……?」
くれるというのはありがたいが、いきなりどうしたというのだろう? しかもなぜか可哀想な子でも見るような目を僕に向けてるし。
「……琢磨、お前は疲れてるんだよ。それを飲んで正気に戻れ」
「は……?」
こいつは何を言っているのだろう? 僕はいつだって正気だ。
「いいか琢磨? お前はブサイクだ」
「あはは。彰、歯を食いしばってくれるかな?」
いきなりの悪口。なぜそんなことを言い出したのか知らないけど、流石の僕もキレずにいられない。
「落ち着いて聞いてくれ、琢磨。ブサイクなお前をストーキングするような物好きが、この世にいるはずないんだよ。だからお前の言ってるストーカーってのは、多分妄想だ」
つまり彰は僕のストーカー被害を妄想だと言いたいわけだ。
仮にも友達である僕を相手によくそこまで言えたものだ。こいつには人の心がないのだろうか?
「お前ももう高二なんだから、もう少し現実を見て生きようぜ? な?」
「いや違うから。本当にストーカー被害に遭ったんだよ。証拠もあるから、ちょっと待ってて」
机の横に置いた学生カバンから今朝自宅に送られてきた手紙と、ついさっき下駄箱で読んだ手紙を取り出す。
「これは……?」
「今朝ストーカーから届いた手紙」
「中々手の込んだ妄想だな」
「いや妄想じゃないから。とにかく手紙読んでよ。話はそれからにしよう」
そこまで言って、ようやく彰は手紙に手を伸ばした。手紙の内容は端的なものなので、彰はすぐに読み終えた。
「……なあ琢磨」
「何?」
「世の中には物好きっているんだな……」
「その言葉の真意を訊いてもいいかな?」
ちょっとこいつとは、色々話し合う必要があるかもしれない。
「まあお前が嘘を吐いてないってことは分かったよ。疑って悪かったな。けど、これどうするつもりなんだよ? 警察にでも相談するのか?」
「うーん……できればあんまり大事にはしたくないんだよね」
「ならどうするんだよ?」
「
このような状況で僕が唯一頼れそうな人物の名前を口にした。
「姉さんって……
「うん。姉さんって、こういうこと得意だったし」
「あー……確かにあの人ってかなり頭良かったよな」
彰も納得の様子。姉さんは性格に少し難があるけど……まあ頼りにはなるし、多分大丈夫だろう。
などと考えてる内に、ホームルーム開始のチャイムが鳴るのだった。
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