この中に一人、ストーカーがいる
エミヤ
ストーカーに追われてます
「はあ、はあ……!」
荒い呼吸をしながら、それでも僕――
かれこれ十分以上走り通しだ。いい加減疲れた。足は痛いし喉もカラカラ。今すぐにでも足を止めて休みたい。
けれど止まるわけにはいかない。なぜなら、僕は現在ある人物に追われているから。
――その人物は時折テレビのニュースになることもある。悲しいことに悪いニュース限定だが。
他人を尾け回し、迷惑行為を繰り返したりもしている。女性が被害者の場合が大半で、僕のように男性が被害者になるという話はあまり聞かない。
むしろ、男性は加害者になることが多い。きっと加害者たちは自分の行いが犯罪だと認識していないのだろうが、許される行為ではない。
そんな罪人である彼らのことを人はこう呼ぶ――ストーカーと。
要約すると、僕は現在そのストーカーに追われているということだ。
すでにストーキングされて二週間経っているが、相手の正体は不明。知り合いなのか、男なのか女なのかも分からない。そもそも、僕がストーキングされる理由も謎だ。
僕が絶世のイケメンだというのなら分かるが、残念なことに僕の顔は普通だ。彼女がいたこともない。……何か少し虚しくなってきた気がするが、きっと気のせいだろう。
とにかく、僕は現在何とかストーカーを振り払おうと全力で走っている。流石に家を知られると面倒なので、本気も本気の走りだ。
しかし今日のストーカーは妙にしぶとい。いつもなら五分も走れば諦めているはずなのに、今日は倍の十分が経過しても付いてきている。
このままだとマズい。家に着いてしまう。相手は二週間も熱心にストーキングするような奴だ。僕の家の場所を知れば、今以上に面倒なことになるのは目に見えている。
いい加減諦めてほしい。そんなことを思いながら走り続けていると、不意に背中に感じていた圧力のようなものが消えた。
立ち止まり振り返るが、やはり人の気配は感じられない。ようやく諦めてくれたのだろうか?
しばらくジっと後ろを睨み付ける。けれど特に人影のようなものは見当たらない。
「はあ……」
ようやく諦めてくれたのかと思い、脱力する。
どうにか今日も撒けたようだが、このままじゃいけないことは自分でよく分かっている。
こんな不毛な鬼ごっこを続けていれば、いずれ僕の家は突き止められてしまうだろう。
そうなったら、これまで以上の過激なアプローチが行われることは目に見えている。最悪の場合、家族にまで被害が及ぶかもしれない。
「何か対策を立てないとなあ……」
息を整えてからゆっくりと歩き出しながら、僕はボソリと呟いた。
――この時の僕は全く気付いていなかった。ストーカーというものの恐ろしさを。
早朝六時。一般の男子高校生ならまだ眠っているような時間帯。
そんな時間にけたたましい目覚まし時計の音によって、僕は眠りの世界から目覚めさせられた。
「…………」
気分は最悪。できることなら二度寝をしたいところだが、朝の家事があるのでそれは許されない。
本来なら家事は母親がやるのが一般的だが、残念なことに僕の両親は仕事の都合で海外だ。
そうなると、もう僕がやるしかない。最初の頃は面倒で仕方なかった家事も、最近では楽しくなってきているので別にいいけど。
緩慢な動きで起き上がり、部屋を出る。洗面所に向かい顔を洗って眠気を吹き飛ばしてから、朝の家事を始める。
まずは洗濯機に汚れた衣類を突っ込んで洗濯機を動かす。
洗い終わるまでしばらく時間があるので、この間に台所で朝食と弁当の準備を始める。
弁当は昨日の残り物がメインだし、朝食も大したものを作るつもりはない。
僕が手際良く動いていると、二階の階段からドタドタと音がした。音は徐々にではあるが僕のいるリビングに近づいてくる。そして、
「おはよう、お兄ちゃん!」
リビングの扉が開かれ、中から音の主であろう少女――妹の
「おはよう、愛衣。今日は随分と早いね」
現在の時刻は六時半。普段の愛衣に比べると起床には少し早い時間だ。
「うん。今日はクラスメイトの
愛衣は今年の春に中学生になったばかりだ。愛衣は多少人見知りの気があったので、僕は兄として心配していたけど、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「そっか。じゃあもう少しだけ待ってて。そろそろ朝食ができるから」
「はーい!」
元気のいい返事をしながら、愛衣はリビングのソファーに座って僕の朝食を待つのだった。
「それじゃあお兄ちゃん、行ってきます!」
「車には気を付けて行くんだぞ!」
「はーい!」
僕の忠告に大きく手を振って応じた愛衣を見送った後、僕は家の中に戻る前にポストの中を確認してみる。
新聞などは取ってないけど、時折両親から手紙が来たりするので、この確認は最早習慣になっている。
ただ、手紙が来るのは月に一回程度。大抵の場合、確認は無駄に終わるのだが、
「ん? 何かあるな……」
今日は無駄に終わらずに済みそうだ。
ポストから取り出してみると、それは白い手紙用の封筒だった。
誰からのものか確認してみたが、何も書いてないため差出人は不明。というか、切手すらない。
切手がなければ、流石に郵便局の人も手紙を届けてくれるはずはない。
いったいどういうことなのか? 首を捻るが答えは出ない。答えが出ない以上、中身を確認して判断した方がいい。
そう考えて、僕は封筒の中身を取り出す。中には丁寧に半分に折られた便箋が一枚。開いてどんな内容か確認にしてみる。するとそこには、
『あなたのことをいつも見ています。
愛のストーカーより』
「何だ……これ」
書かれていたのは、定規などを使って引いたであろう、まっすぐな線を繋ぎ合わせて作ったカクカクの文字。
手紙で使うには不相応な文字だが、まあひとまずそれは置いておくとしよう。
そんなことより問題は内容だ。何だこの手紙は。明らかにヤバい感じしかしない。
というか、ストーカーがわざわざ文末に『愛のストーカーより』とか書く意味も分からない。ストーカーに愛もクソもあるものか。
色々な疑問が脳内を渦巻くが、今一番に考えるべき問題は、この手紙の差出人の意図だ。
内容からして、最近僕のストーキングをしていたストーカーが書いたものだろう。昨日は撒いたと思ったのに、まさか家を突き止められていたとは……。
「……最悪だ」
雲一つない青空の下、僕はただただ嘆くのだった。
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