ラブコメのお約束

篠騎シオン

≪約束≫が俺のカード

俺たちはカードを持っている。

神様から与えられた才能、カードを使ってこの世界を生きていく。

みんな自分のカードを生かし、才能を生かして、世界に貢献してる。

でもさ、与えられたカードを誰しも自由に使えるわけじゃないんだ。

誰だって最初は、カードビギナーなんだ。



「おはよう、カナメ」

「おっす、おはよう、エロ魔人」

「あのなあ、その呼び方やめろよ」

親友のあだ名に僕は辟易する。エロ魔人、それこそが俺がカードビギナーなせいでついたあだ名だ。

僕のカードは≪約束≫というものだ。

「きゃ、なに!?」

俺が教室から廊下へと出た——刹那、どこからともなくつむじ風が現れ、女子生徒のスカートを巻き上げる。

「いつもの通り、すごい効果だなエロ魔人」

親友であるカナメが言う。

「おい、お前鼻の下伸びてるぞ」

「ああ、すまん。お前ほど見慣れてないものでな。危ない、俺の真面目眼鏡キャラが崩れるところだった」

「それあんまり定着してないと思うぞ」

カナメは、むっつりスケベという明確な立ち位置を女子の間で得ている。

そんなこんなで俺がカナメと話している間も、女子勢はつむじ風と格闘していた。

いやはや、これが俺の能力の暴走と理解してもらえるまでは長い道のりだったのだ。最初は、変態とののしられ、全校集会の議題にもなったっけなぁ。

俺のカードは≪約束≫。思春期な俺の脳内はなぜか、ラッキースケベを引き寄せるラブコメ的な≪お約束≫ととらえてしまったらしく、中学入学以来起こるわ起こるわラブハプニング!

俺が歩くと先ほどのように女子のスカートは発生原因不明のつむじ風で巻き上がり、俺が転ぶと女子を押し倒しておっぱいを揉みしだく羽目になる。

いいよ、うん。

男として幸せだよ?

でも、でもね。

「いや、もう。こんなの嫌なんですけど!」

つむじ風に悩む女子たちの中を平然と歩いていく女の子がひとり。

なんで、自分のお目当ての子とはラッキースケベに会えないかな!?

そう、俺の恋する少女にはなぜか、俺のカードの≪お約束≫が効かない。

え、なに。

これもある意味お約束ってこと?

嫌だよ、俺。好きな子の胸をもめないで一生終わるとかほんと無理だよ。それだけはやめてよ、神様、ねえ神様!!

俺はなんだか絶望して、その場に崩れ落ちる。

「俺、あの子に嫌われてるのかな」

「お前も忙しい奴だな」

同情したのか、カナメは俺の肩にポン、と手を置いた。





ちょっとおお、何やってるのよ。あたしのカードは!!

あたしは、何も起こらなかった自分の体に激怒する。

スルー! して! どうするの!!

トイレの個室へとこもった私は、その扉を怒りでどんどんと殴りつける。

あたしは今、恋をしている。

同級生のエロ魔人と呼ばれる彼に。

理由はよくわからない。

エロ魔人と呼ばれていじられても堂々としてるところとか、地味に私が大変な時に助けてくれるところとか。誰もやりたがらない黒板消すのを授業の度にやってるのとか、学校で飼っている動物にすごいやさしいところとか。

ほんともうわかんない!!

わかんないけど……好き。

「なのにどうして、≪スルー≫しちゃうのかなぁ」

あたしの愛する彼のカードはどうやら、ラッキースケベを呼び込むようなものらしい。あたしもそれを狙って、彼の周りによく行くのだけれど……あたしはなぜかラッキースケベにあうことができない。

たぶん、それはあたしのカードが≪スルー≫だから。あたしはまだ、スルーしたい事象とそうでないものを選択できるところまでできるようになってない。だからあたしに重要な影響を与えてしまう事象は軒並みスルーしてしまう。

「はっ、このままだと、ラッキースケベで彼のはじめてまで全部なくなっちゃうんじゃない!?」

あたしは焦って自分の手帳を取り出す。

彼のはじめてリスト。

初めて手をつなぐ、胸を触る、パンツを見る。

リストの一つ以外、全部全部もう、他の女に取られた。

でもこれだけは、あたしが、絶対にもらう。

あたしはリストの中のたった一つ、消されていない部分をにらみつける。

「絶対に、キス、して見せるんだから!」





「なあ、カナメ。あの子だけ、なんで俺のラッキースケベに引っかかってくれないと思う?」

学食で弁当のたこさんウィンナーをほおばりながらカナメは俺に尋ねる。

「さあ、嫌われてるか……うん、ごめんうそ」

嫌われてるという言葉を聞いた途端、涙をだばだば流しだした俺を気遣ってくれてか、カナメは言葉を訂正する。

「普通に、あの子の持ってるカードのせいじゃね?」

「カード?」

「そうそう。俺たちの年代って、カード制御するの難しいじゃん? だからお前と同じで、カードの能力が自分の意志と関係なく、自動発動してるんじゃね、ってこと」

「え、それはつまり、実はあの子は俺のこと好きで付き合いたいけど、カードの何かしらの力によってそれが阻まれてるってこと?」

「おいおい、きっかけ一つでポジティブ思考だな。でもまあ、そいうこと」

カナメは学食のラーメンをずずっと頬張りながら答える。

「そっかー」

カナメの言葉に少し元気が出てくる俺。そんな俺のほうをにやりとした表情で見てくるカナメ。いや、ちょっと待って。お前がそういう表情するとき、ろくなことないんだけど。

「……なあ、カナメ。俺に言うべきことがあるんじゃないか」

ちょっと迷った後、俺はカナメに問いかける。

「よくわかったな」

「わかるさ。さあ、はけ。はいちまえ!!!」

俺がカナメを揺さぶると、カナメは怪しくほほえむ。

「おいおい。そうせかすななって、ラーメンの汁くらい飲ませてくれよ」

「お、おう」

カナメが恐ろしい目つきでラーメンの汁のことを言及してくるので、俺はちょっとひるみ手を離す。俺が手を離した瞬間、カナメはどんぶりを持ち上げ、ごっきゅごっきゅと汁を飲み干す。すごい勢いだ。

「ぷはー。あっ、待ってくれてサンキュな。んで、なんだっけ。あ、そうだそうだ。お前の名前であの子にラブレター出しといた」

「へ?」

ラーメンの汁を飲みおわったカナメから飛び出してきた言葉は想像以上のものだった。ラブレターだって?

「そ、その内容は?」

「今日の昼休み12時半に屋上へ来てくださいって」

「ちょ、ちょっと待てよ。もう12時25分じゃん」

「いってらっしゃい」

満面の笑みで俺に笑いかけるカナメを置いて、俺はダッシュで屋上へ向かった。






「どうして、毎回、こうなる、の!!」

自分の拳を、そして頭を何度もトイレの壁に打ち付けていたあたしだったが、そろそろ壁の耐久も怖いのでここのトイレは後にすることに決めた。

要は足してないが、洗面所でしっかりと手は洗った。こんなもの乙女のたしなみで当然のことだ。もちろん、ハンカチもここに……

「あれ?」

入れておいたはずのハンカチがポケットになかった。代わりにポケットにあったのは、一枚のメモ用紙。

「え!」

なんと差出人はあたしの恋する彼の名前。濡れた手でにじまないよう慎重にメモ用紙を開く。

「今日の12時半屋上で待ってます、ですって!」

あたしは慌てて、洗面所の時計を見やった。現在時刻は12時27分。

「まずい、いそがなくちゃ!」

あたしは、急いで手の水をはらうと、階段を駆け上がった。





「さてさてどんなものが見られるかな?」

僕、カナメはにやにやしながら階段を上る。今は、12時29分。あの子が、階段をばたばた上っていくのを見送ったところだ。

僕のカードは≪交換≫

この年代で使いこなすのは難しいとはいえ、あの二人よりはかなりうまくカードを使えているつもり。僕は、彼女のポケットから交換でいただいたハンカチを鼻にあてる。

「うーん、いい匂い」

女子のポケットは非常にパンツに近い。そこには、いろんな香りがしみ込む。どんな香りかは、ご想像にお任せするがね。

「よし、ここからなら見えないだろう」

僕は戦利品のハンカチをジップロックに詰め込んだのち、屋上の扉近くに潜む。

待ち受けるのは、親友の彼。そして向かうはあの子。

匂いをかいだりしてたけど、僕は彼らの恋路を邪魔するつもりはない。むしろ応援してるから、ここまでお膳だてしてやったのだ。

「あの、ずっと前から、好きでした!」

「わ、私も!」


ん?

え?

はあああああああああああああああああああああああああ?


ちょっと待って、え?

カップル成立?

お膳立てはしたよ?

でも、こう簡単に行くと思わないじゃん?

僕は心の中で小さくため息をつく。


僕が心の中で一通り叫び終わると、屋上の様子はちょっといい雰囲気になってた。

ああ、今にもキスしそう。

唇と唇が、近づいて。

けしからん。

本当にけしからん。

親友のためとか息巻いてたけど、僕は実はあの子が好きだ。全世界の女子みんな好きだ。

本当は僕があの子ともキスがしたかった。

そう思ったのけどもう、後の祭りで。

あ、唇がくっつく……。



むちゅう



音が聞こえるようだ。

ん?



僕の唇まで何か柔らかいものに触れて……

僕がゆっくりと目を開けると、そこには目を閉じる親友の顔があった。

「ひやあああああああ」

さらに唇を求めてくる親友を俺は突き飛ばした。







それぞれ目を開けて正気に戻った3人は思った。

「また、カードが暴走した!」

と。

誰のカードが暴走したのか、真実は闇の中!

カードビギナー卒業までの道は険しい。

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