こくはく[告白]:現実には実在しない空想の行為。

水樹 皓

今はまだ――

「告白なんてのはな、現実には実在しない空想の行為だ」

「……は?」


 幼馴染の男の子が発したその言葉に、青井あおい紗千さちは思わず間の抜けた声を漏らす。


「良いか? 告白なんて、ドラマや小説の中だけのものだ。実在するわけがない」

「な、何でそんな事言い切れる――」

「じゃあ、青井は誰かが告白してるところでも見たことがあるのか?」

「それは……」

「それとも、青井が誰かに告白された事がある……とでも?」

「……それは……ないけど」


 紗千が不承不承そう答えると、幼馴染の彼はそれ見た事かと笑みを浮かべる。


「つまりは、そういう事だ。……もう良いか?」


 淡々と語り終えると、彼はそのまま顔を前に戻し、読書を再開した。

 紗千は前の席に座る幼馴染の、その真新しい学ランに着させられている後姿を一瞥した後、


「……アンタからの告白を待ってる子だって、いるかもしれないじゃん」


 だらしなく机に突っ伏し、ボソッと漏らしたその言葉。

 しかし、それは誰の耳にも――今、紗千の最も近くに座る人物の耳にも、もちろん届くことは無い。


「……馬鹿」


 そもそも、何でこんな話になったのか。

 それは、遡る事ほんの数分前の事だ。


 中学生になっても変わらず、いつも1人で小説や漫画ばかり読んでいる幼馴染。昼休憩になっても、他の男子が友達と雑談したり、運動場へ遊びに行ったりしている一方、彼は相変わらず自分の席で本を読んでいる。

 そんな彼を見かねた紗千が、何気なく――基、何気ない風を装い、かなりの勇気を出して発した一言。

 ――アンタ、そんなんじゃ一生彼女の1人もできないわよ? 折角中学生になったんだから、好きな子に告白の1つでもしてみたら良いのに。


 いつも、本を読んでいる時は何をしてもスルーされる。だから今回もまさか、反応が返って来るとは思っていなかった。

 だから、彼がゆっくりと振り向いたその時。心のどこかで、若干何かに期待していたのだが……。


「もう、なりふり構ってられない……か」


 最後にそう呟くと、善は急げと机の中からノートと筆記用具を取り出し、行動を開始した。

 ――告白の存在を認めないのなら、無理やり告白を体験させてやれば良い、と。


***


「えっと……白告君……だよね?」


 中学校の屋上。その扉を開けると、そこに1人ポツンと立っていた少女に、名前を呼ばれた。

 ――こんな何もない所、卒業するまで一度も訪れる事はないだろうと思っていたのに……。


 白告しらつ浩雪ひろゆきは心の中で嘆息する。


「し、白告君?」

「ああ、ごめん。それより、確かに僕は白告だけど……?」

「そ、そっか」


 どこかそわそわした様子でそう答えるこの少女の名は、姫路美海。

 浩雪達1年生が入学してから、まだ僅か1週間しか経過していないのに、もう何人かが彼女に告白し、そして振られているというが流れている。1年生の間では、ちょっとした有名人だ。

 確かに容姿は整っているし、そんな噂が流れるのも頷けなくはない……が、あくまでも噂だ。何故なら、

 ――告白とか、あんな恥ずかしいこと、本当にやれる人なんかいるわけないだろ?


 愛しています――だとか。僕と付き合ってください――だとか。そんな事が言えるのは、あくまでも物語の中の登場人物だけ。実際にそんな事を言える人がいるなんて、考えられない。

 だから、告白は現実には実在しない空想の行為――なのだ。


 閑話休題。


 現実に戻り、視線を前に向けると、そこには変わらずそわそわした様子の姫路さん。

 先程から、地面を見たまま黙りっぱなしだ。


「あの……姫路さん?」

「あっ、えっと……そのっ――」


 待っていても話が進まないと思い、そう呼び掛けると、彼女はここに来て初めて浩雪の目を真っ直ぐに見つめてきて――


「ご、ごめんなさいっ!」


 勢い良く頭を下げると、何やら手紙の様なものを浩雪の胸に押し付けてきた。

 そして、浩雪が反射的にそれを受け取ると同時、そのまま回れ右して颯爽と走り去っていった。


「……はい?」


 一体、何が起きたのか。

 頭の回転が追い付かない浩雪は、取りあえず手渡された手紙を見る事に。すると……。


「この字は……」


 手紙を見て真っ先に気付いたのは、そこに書かれている字がよく知っている筆跡だということ。

 もちろん、今日まで一度も声を交わした事すらなかった姫路さんの字など、知る由もない。


 つまり、この字は浩雪の後ろの席のクラスメート。幼稚園からの腐れ縁のあの子。同い年なのに何かとお姉さんぶってくる少女。……一緒にいると、時折自分が物語の登場人物になれたらと夢想してしまう――幼馴染の女の子の筆跡だ。

 そもそも、卒業するまで一度も訪れる事はないと思っていた屋上ここに来た原因が、その幼馴染の女の子なのだ。


 今日の授業が終わるや否や、

 ――30分後に屋上集合ね!


 と、それだけ言い残し、浩雪の答えも聞かずに去って行った。

 別に無視して帰っても良かったのだが、後が面倒くさい。なので、素直に屋上に来てやったのだが、そこに居たのは、何故か姫路さんだった。

 ――意味が分からない。


 このことに限らず、その幼馴染の女の子は、時折理解不能な言動をすることがある。

 今日もいきなり、”中学生になったんだから、好きな子に告白の1つでもしてみたら良いのに”とか。

 何で、中学生になったら告白をしないといけないのか。


 そして、姫路さんから押し付けられたこの手紙も理解不能なものの1つだ。

 差出人が何故か”白告浩雪”になっている。まあ、それは一旦置いておくとしても、その内容に目を向けると――


『I love you』


「本当に何がしたいんだ、アイツ。てか……何で英語?」


***


「どうしたの、わざわざこんな所に呼び出して?」

「まあ、ちょっと……な」


 人気のない公園。

 時刻は午後6時を回ったという所だが、辺りは既に真っ暗だ。

 そんな中、聞こえてくるのは1組の少年と少女の話し声。


「……もしかして、卒業間際にして、やっと告白の存在を認める気にでもなった?」

「いや、それは無い」


 少女は恐る恐る尋ねるも、少年からのきっぱりとした返答に、「やっぱりね」と嘆息する。


「ただ、卒業する前に、1つだけ聞いておきたいことがあってな」

「聞いておきたいこと?」

「この3年間、お前は僕に”告白”とやらの存在を認めさせるために、色々と理解不能な事をしていたな」

「残念なことに、その成果は実らなかったみたいだけど、ね」

「その中でも、一番最初――姫路さんに渡した手紙の事だ。アレも、勿論お前の仕業だよな?」

「さぁ、どうだろうね?」

「あの手紙には、ただ一言”I love you”……何で英語で書いたんだ?」

「それは……」


 どこか真剣みを帯びた少年の声音に、少女も無意識の内に表情を固くする。


「……アレはあくまでもアンタに告白の存在を認めさせるためにやった事だから。もし仮に、姫路さんが告白を受け入れちゃったら……私の番が来ないし。だから、絶対に断られる様に、ダサいラブレターを書いた……以上っ!」


 ここまで言えば、もう殆ど少年のことを好きだと言っている様なものだ。なのだが……。


「そうか。本当にそれだけか? 他に意図はないんだな?」


 少年は顔色一つ変えない。

 これまでにも何度か同じような状況はあったが、反応はいつも同じ。

 ――本当に、どれだけ鈍いのよ。


 3年間でよく分かった。

 この少年は、超が付くほどの朴念仁だということが。


「はいはい、それだけよ。無駄に遠回しな事をしても、どうせアンタは気づかないだろうし」

「……なら、良いか」

「え? 良いって、何が……?」


 ……だが、それは違う。

 少年はただ、物語の登場人物になりきれずにいるだけ。


 3年間。頑張ってはみたけれど、それはまだ不完全なもの。

 完全なものにするためには、もう少し時間がかかるだろう。

 だから、今はまだ――


「今日は月が綺麗だな」

「……曇ってるんだけど?」

「なるほど。やはり近道は許されない、と」

「は?」

「いや、何でもない。そろそろ帰ろうか」

「そうね。寒いし――って、ちょっと! 結局何でこんな所に呼び出したのよっ!?」






――こくはく[告白]:今はまだ、現実には存在しない空想の行為。――





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