切れ端に描いたようなラブコメ
みち木遊
今は友達だから、ちゃんとは言えないけれど
「
夏休み、隣町まで遊びに行ったの帰り、
『いつもなら楽しかった!』とか勝手に言うパワー系の人間なのに、今日はなぜか少しだけ、大人しいような、何処か控えめな彼女がそこにいた。
俺は、
「あぁ、楽しかったよ。ゲーセン行って、楓音の服買って、結構馬鹿みたいに話せて」
笑いながら、いつもと少し違う楓音に戸惑っている心を隠しながら、返した。
夕焼けに染まる道が、いつも楓音と通る道が今日は全く別の道に見えた。
「あはは、そりゃよかった。私も楽しかったし、何より、…ね」
何かを言い留まるようにつぐんだ言葉。
そして、その言葉は分るだろ、なんていうような少し試すような悪戯な視線。
多分、いや、そうなんだろう。
だが、予想で出た言葉は自分で頭の中で出すのも恥ずかしいような、そんな言葉だった。
だからあえて、気付かないフリをして
「何が、ね、だよ。らしくねぇな」
小さい頃から一緒だった俺と楓音の関係性はずっと親友とか、幼馴染とか、悪友とか、そこらへんで止まってるのが一番なんだ。
そこから一歩踏み出す勇気とか、そうなりたいとかいう願望は俺にはない。
でも、彼女は、楓音は
踏み出したくて、近づきたい、そんな願望があるのは知っている。
気付いたのはいつからだろうか、現状の慌ただしさで忘れてしまった。
でも、彼女が俺の意志を相手に無意味な葛藤をしているのだけは知っていた。
「らしくない、か。…そうかもね、多分、今の私は、っていうか最近の私はらしくない、と思う」
楓音は俺の言葉に、言い切れないような言い方で返した。
そして、どこか寂しく、惜しそうな顔で、
「私、なんていうのかな、健といると楽しいってだけだったのから、幸せだなって感じるようになって、別れると、そういう気分で埋まってた心がぽっかり穴が開いたように寂しくなっちゃうんだ」
えへへ、俺に顔を見せずに、楓音は不器用に笑う。
それに俺は言った。
「…知ってるよ。でも、俺はまだ、この時点ではだけど、そうなりたいとか思ってねぇし、今のままでいいと思ってる」
遠回しで、気付いていると伝えた。
その言葉に楓音は驚いたような顔をして、笑った。
でも、涙が零れていた。
どうして友達のままがいい、なんて俺が言うのか。
その理由を楓音は知っていた。
お互いの傷なんだから、当たり前か。
でも、楓音はそこから前に進もうとしていた。
大切なものを再び、得るために。
だから俺は続けていった。
「でも…、…、…でも、そんなんで諦めんじゃねぇよ。お前の気持ちが俺を揺らすまで、やってみろ。その時まで待ってるからさ」
なんとも滑稽な話だった。
自分を射抜いてみろ、そう言ってるんだ。
俺は進む。
楓音と同じ方向じゃないけれど、楓音を後押しして、自分を変える。
それで俺は買われると思う。
自己満足とかじゃなくて、俺は彼女の背中を押して。
その経験を持って成長するために。
「…、プっ、あはははははは、本気で言ってんの?」
覚悟を決めて言った俺のセリフに楓音は噴き出して笑い始めた。
その目に涙はない。
むしろ、前を見ていた。
押して、楓音はひとしきり笑い終えると、俺の前まで駆けて、振り返って、前かがみで、宣言するように、
「言ったからには待ってろよ。今は友達だからちゃんと言えないけど、健が私に惚れるまで、言いたいことは取っておくから!ちゃんと私のこと、見てろよ!!」
威勢のいい、いい表情で、楓音は言った。
そして俺は短く返す。
長い間、一緒に過ごしてきた奴に、
「やってみろ」
って。
切れ端に描いたようなラブコメ みち木遊 @michikiyu
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