第3章 レンタルショップにて #1
あっ、あの人 また来てる
そう思った時には、既に
あの人を、目で追いかけていた
世の中の作り話の8割は、恋愛だ。
純愛、失恋、略奪、禁断etc。
とにかく恋愛は、テーマがいくつもあって、人を飽きさせない。
加えて、今や恋愛は若い世代のモノだけじゃない。
30代、40代はもちろん、60代や70代の人でも、恋愛を楽しむようになった。
恋愛は所謂、“誰かのモノ”ではなく、“みんな”のモノなのだ。
私が働いているレンタルショップも然り。
扱っているDVDの半数以上が、恋愛物だ。
今、返却された物だって、恋愛物。
次のお客さんが持っているあれだって、確か恋愛物だ。
しかも、数年前にヒットした純愛系。
あ~あ。
なんでこんなにも、世の中は恋愛で溢れているんだろう。
恋愛だけが全て?
他にも夢とか、友情とか、人生はこうだ~ってあるんじゃない?
全く、今の時期がクリスマスだからって、みんな浮かれすぎ。
私の名前は、高坂美乃里。
来年、東京在住10年目を迎える27歳。
今はこのレンタルショップで、アルバイトをしている。
生活費は毎月ギリギリ。
でも貧乏生活も、悪くはない。
お金が全てじゃないって、思えるから。
さっきは、思わず恋愛について、色々言っちゃったけれど、別に恋愛を否定しているわけじゃない。
これでも、恋愛経験は人並みにある方。
一人目は東京に来て、すぐに出会った、同じ年の男の子。
同じ専門学校に通っていた。
芸能人お抱えのメイクアップアーティストになりたくて、上京してきた彼。
私も美容師になりたかったから、入学した科は違うけれど、同じ夢を追いかける、同志みたいな存在でもあった。
でも、彼。
卒業して、就職した途端、すぐに受け持ったモデルさんに、蔵替え。
私は結局、捨てられちゃった。
二人目は、社会人になってから知り合った人で、同じ美容室で働く先輩だった。
いつも遅くまで練習している私に付き合ってくれて、優しくて、オシャレで、その上、同僚達にも慕われていて、お客様からも人気があった。
好きになるのに、時間はかからなかった。
でも、その彼は既婚者。
奥さんは、違う店で美容師をやっていて、とても綺麗な人だった。
何度も諦めようって思ったけれど、諦めきれなくて。
ある日、練習が終わった後。
ああ、彼はこの後、あの奥さんが待つ家に帰るんだなぁって思ったら、辛くて泣いちゃった。
その時に、『俺の為に泣かないでくれよ。』って、後ろから抱き締めてくれた。
それが彼と付き合ったきっかけなんだけど、結局は不倫だし、人にも言えない。
みんなが楽しみにしているイベントも、一緒にできない。
好きだから、我慢していたけれど、ある日同僚の美容師から、何気ない報告。
『…さんって、赤ちゃんができたんだって。3人目だってね。いいなぁ、仲良くて。』
それは彼の奥さんが、3人目の子供を妊娠した知らせだった。
彼にとって、あくまで愛しているのは奥さん。
私は、遊び相手。
その後、恋も仕事も、嫌になって辞めちゃった。
美容師を辞めて、いろんな仕事を転々とした。
その間に知り合ったのが、コールセンターで働いていた時に出会った、年下の彼だった。
最初は断っていたけれど、押しの強さに負けて、付き合い始めた。
でもそれも、間違い。
付き合ってから、よくお金をせがまれていたし。
それもできなくなってくると、今度は叩かれて、終いには足で蹴られた。
逃げるように別れてきちゃったけれど、今のところ相手には、見つかっていない。
もしかしたら、新しい彼女でもできたんだと思う。
彼、ちょっとジャニーズ系入っていて、年上の女性に媚売るのが、上手かったから。
私の今までの恋愛は、こんな感じ。
特にパッとしないし、幸せだったような気もしない。
なのに、もう恋愛なんてしないとかも、とも思えない。
やっぱり、一人は寂しい。
こんな大都会で、一人ぼっちは嫌だ。
誰でもいいから、せめて傍にいてくれたら、寂しい気持も、少しは紛れるような気がするんだ。
そんな時に、あの人に出会った。
「すみません。この映画って、DVDになってますか?」
それは突然の出来事だった。
返却されたDVDを棚に戻している最中に、お客さんに声を掛けられた。
「どちらの映画でしょうか。」
慌てて手に持っていたDVDを、籠の中に入れて、私は、そのお客さんの持っているメモ紙を、覗きこんだ。
人気アイドルと人気女優が共演したラブストーリー。
でもDVDになるのは、もう少し後だ。
「お客様、申し訳ございません。まだDVDにはなってませんね。」
「そうなんだ。残念。」
よっぽど見たかったのか、そのお客様は、しばらく立ち去らなかった。
「いい映画でしたよね。」
思わずポロっと言った感想。
それにあの人は反応した。
「君も、こういう映画好き?」
「え、ええ。」
実はその人気アイドルの、ファンだったりするんだよね。
「そうなんだ。じゃあ、またしばらくしたら、来てみます。」
そう言ってあの人は、お店を出て行ってしまった。
そして二週間後、あの人はまたお店に来ていた。
今度は準新作のSFモノ。
それも映画公開と同時に、人気になった作品だった。
「いらっしゃいませ。お預かりします。」
そう言って、レジに並んだあの人に、手を差し出した時だ。
「これ、面白い?」
思わず手が止まる。
「ええ、面白いですよ。ハリウッド映画は、背作費用を掛けてますから、迫力が違いますし、出演者も親子で有名ですからね。」
「へえ~。いろんな事知ってるんだね。」
あの人も顔が綻んだところで、ようやくレジが打てる。
「それが仕事ですから。」
アルバイトだけど、適当な知識は持っている。
「ところでお客様、会員証はお持ちですか?」
「ああ、ごめんごめん。持ってる持ってる。」
財布から取り出した会員証。
有効期限を見る為に、裏面を見た。
【小宮山 剛】
大人びた、あの人の字で書かれた名前。
「はい、こちら会員証のお返しと、DVDになりますね。来週の木曜日まで、ご返却お願いします。」
DVDと会員証を渡す時に、一瞬だけ触れた指。
「ありがとう。」
その笑顔に、ドキッとした。
「この前、そこの棚の前で、質問に答えてくれた店員さんでしょう?」
「えっ!」
ウソ、覚えててくれた。
「ええ、そうでしたね。あの映画、あと一か月くらいでDVDになりますよ。」
他のお客、他のスタッフがいない事をいい事に、私はその小宮山さんというお客と話しこんでしまった。
「今日はありがとう。助かった。また頼むね。」
「はい。」
小宮山さんが店を出るまで、しばらく目で追いかけた。
胸が温かくなる。
恋愛に散々嫌気がさしていた私でさえ、また胸が熱くなる時が来るなんて。
だから恋愛は、止められない。
それから小宮山さんは、週一でお店に来た。
あっ、また小宮山さん 来てる。
そう思って目で追いかけると、必ず小宮山さんと目が合った。
「あのさ、クリスマスにお勧めの映画ってある?」
「ええ、ございますよ。」
何気に、クリスマス特集の棚に誘導する。
「うわっ、たくさんある。」
新鮮な驚きように、私もびっくり。
「意外とたくさんありますよね。これだけあると、まだご覧になっていない作品も、あるんじゃないですか?」
「ああ、俺。DVD観るようになったのって、ここ最近なんですよ。」
「そうなんですか?」
意外や意外。
「君は、どれを見たい?」
隣の少し高い位置から見下ろされて、心臓がドキンとなる。
「私は、これ……」
震える手を伸ばすと、棚が高すぎて届かない。
「これ?」
後ろから伸びてきた長い腕が、あっという間にDVDを辿りつく。
「love actuary?」
うんと、小さく頷く。
「ありがとう。これ、借りていくわ。」
手に持っていたDVDで、コツンと弱く、私の頭を叩いた小宮山さん。
不意打ち過ぎて、小宮山さんの事を、見る事ができなくなった。
その日、バイトが終わって、私は勉強の為に、DVDを借りた。
「店長、これ借りて行ってもいいですか?」
見せたのは、今度新作で発売されるもの。
「ああ、いいよ。お客さんに感想求められた時、答えられるようにしておきたいんだろう?」
「はい。」
と言っても、小宮山さんがこのDVDを借りるかどうかは、わからないんだけど。
「最近、熱心だな。」
「そうですか?」
あまり誉める事をしない店長に、初めて誉められた。
「入ってきたばかりの時は、ぼーっとしてて、仕事する気あるのかって思ってたけどな。」
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