第2章 居酒屋にて#2

「親方、私、私ねっ……」


俺なんかの為に、懸命に説明しようとして、何度も何度も、涙を拭いている。


「どこかで、周平も、私のこと好きなんじゃないかって……そう思ってたの。」





ああ、知ってるよ。


夏目さんの話、聞いただけだけど、俺も、同じ事を思ってた。



そいつも、夏目さんのこと、好きなんじゃないかって。



ああ!


ちくしょう!!


お互い好き者同士が、くっつけないなんて!


なんで世の中、こんなに上手くいかないんだ!!



だけどもう一つ、本音を言うと。


そいつの話をしている時、夏目さん、嬉しそうにしている反面、悲しそうな顔してたじゃないか。



俺だったら、


俺だったら、夏目さんにそんな顔させない。


いつも、幸せそうな顔、させてやるよ。


そうも、思ってた。


「飲みましょう、今日は。」


そうだよ。


こんな時は、飲むしかねえよ。


「飲んで飲んで飲んで。それで周平さんとの事、忘れましょう。」


俺も、コップを出して、ビールを注いだ。



その後の事は、よく覚えていない。


俺も夏目さんも、吐く寸前まで、飲んでたから。


それから一週間。


夏目さんは、姿を見せなかった。


あんな泣きじゃくりながら、飲んでたからな。


実際、吐きはしなかったけれど、吐きそうにはなってたからな。


そんな姿を見せてしまった手前、恥ずかしくて来れないとか?



「親方、頼んだビールまだ?」


「あっ、すみません。ただ今、お持ちします。」



客の注文を忘れるなんて。


まずいのは俺だ。


仕事に集中しなければ。



ジョッキを持って、ビールを注いでいる最中に、ガランガランと、扉が開いた。


「はい、いらっしゃ……」


その目線の先には……


久しぶりに見る、夏目さんの笑顔があった。



「いらっしゃい、夏目さん。」


「…ご無沙汰です。」


夏目さんは苦笑い。


それでもいい。



「生ですか?」


「え、ええ……」


いつもと同じように、ビールを夏目さんの目の前に置く。



「どうですか?最近は。」


「ええ、なんとか。仕事の方は、順調に行ってます。」


いつもと同じ会話。


俺はそれが、たまらなく嬉しかった。



ほほ杖をついて、ほら、あの若いバイトの女の子の事を話す。


へえ~、それで?


適当に相槌を打ちながら、夏目さんと話をしているうちに、他の客の料理を出す。



そして、また一人また一人と客が帰るうちに、店には夏目さんと、俺の二人だけになった。


「じゃあ、私も帰ろうかな。」


財布を出した夏目さんに、手を横に振る。


「お代はいいですよ。」


「どうして?」


すかさず否定の顔。


「今日は、俺のおごりですから。」


「親方におごってもらう理由なんてないわ。だって、客として来てるんだし。」



うう~。 ごもっとも。


そんなはっきり言うとこ、まっ、夏目さんらしいんだけどさ



「今日払うはずだったお金で、明日も来て下さいよ。」


「明日も?」


あれ?やばかったかな。


いつもは、連日で来る事だってあったのに。



「あっ……うん。じゃあ、また明日来ます。」


夏目さんは、そう返事するも、社交辞令っぽい感じだった。


「ごちそうさまでした。」


席を立つ夏目さんに、少し寂しさを覚える。


扉を開けて、一度も振り返らずに、夏目さんが行ってしまう。



いや、決めたんだ。


もう、夏目さんには遠慮しないって。



「夏目さん。」


「はい?」


首だけ後ろに向けた夏目さんは、俺に警戒心バリバリ。



それでも、言わなきゃ始まらない。


「途中まで、一緒に帰りませんか?」


重苦しい空気。


人の返事を待つって、こんなに時間が長く感じるんだっけ?


そして、夏目さんは店の扉に、手をかけた。



ああ、やっぱりダメだったか。


今日の今日だもんな。



だが、扉が閉まった後も、夏目さんは店の中にいた。


「ええ、一緒に帰りましょう。私、ここで待ってます。」


俺は、しばらく放心状態。



「親方?」


「ああ、えっと……15分。そう!15分だけ待ってください。」


慌てて、店のビールサーバーを片づけ始める。


機械の中に入っているビールを抜いて、簡単に水で洗うんだけど、その間も半信半疑。



もしかして、この間に、夏目さん、帰っちゃったりして。



俺はそっと、後ろを振り返ってみる。


いる。


やっぱり、夏目さん いる。


ウソだろう?


案外、言ってみるもんだな。


サーバーの掃除も終わって、急いでエプロンを外す。


レジのお金を全部、ビニールの袋に入れて、レジの集計を押す。


「今、着替えてきますね。」


足元をもつれさせながら、奥に行こうとする俺に、夏目さんは、口元に手を当てて、こう言った。



「ゆっくりでいいですよ。私、逃げませんから。」


おっと、さっきの確認。


夏目さんには、バレてた?


フワフワしながら、私服に着替えて、また店へと戻り、さっきのレジの集計が書かれたレシートを、カバンの中に、無造作に入れる。



「お待たせしました。」


「ううん。ちっとも。」


夏目さんの笑顔に、こっちも笑顔になる。


「電気、消しますよ。」


「はい。」


外に出て、店の玄関に鍵をかけると、夏目さんの方を見た。


寒そうに星空を見上げている夏目さんが、また違った夏目さんに見えた。



「行きましょうか。」


「ええ。」


そして、なんとなく一緒に歩き出した夏目さんに、やや緊張しながら、俺は話かけた。



どんな仕事をしているのか。


何年くらい、今の会社で働いているのか。


どうして、この仕事を選んだのか。


とか、今更だけど、改めて聞いてみたかった。



その他にも、趣味の話や、休日は何をしているかなんかも。


意外だったのは、休みの日の事。


「ずっと家で、DVDを見てます。」


アウトドアだと思っていたのに、実はインドア?


「ほら、平日はずっと外で仕事をしているし、こうやって親方の店に、飲みに来たりしているでしょう?だから休日は逆に、家にこもりたい派なんです。」



なるほど。


そう思った途端に、休日の昼下がり、夏目さんと二人でDVD鑑賞に浸っている自分を想像する。


いやいや。


いくら何でも、早すぎるだろう。



「どんなのを見るんですか?」


「映画かな?評判がよかった作品を、後からDVDで観るんです。人より情報は遅れるけれど、それでもいいかなって。」


バリバリのキャリアウーマンだと思ってたから、そんな部分もあるんだって、新鮮な驚きだ。



結局、夏目さんと一緒に歩けたのは、駅までの20分くらい。


それでも、俺にとっては大事な20分。


夏目さんに、一歩近づいた時間だった。




それから、毎日のように夏目さんを誘っては、彼女の趣味だというDVDの話をした。


あのアクション映画が好きだと言われれば、レンタルショップに行って、借りて観て。


あの恋愛映画が好きだと言われれば、時には店員さんに探して貰いながらでも、借りて観た。



「ああ、あの映画ね。あのラストが、よかったよね。」


「でしょう?」


自分の好きなモノを、誰かと分かち合えた時の喜びって、最高だよね。



そんな笑顔。


この笑顔を見る為に、俺は毎日、過ごしているような気がする。



「そうだ。今度、ウチに来ませんか?」


「親方の家に?」


「新しいテレビ買ったんですよ。DVD鑑賞に最適な物を。」


夏目さん、案の定、驚いてる。


「あっ、別に変なこと、考えてるわけじゃないですよ。テレビを口実にして、突然襲ったりとか、そんなことしませんから!」


慌てて否定しちゃって、逆に変に思われたかな。



そんな事を思いながら、ポリポリ頬を掻いていると、突然夏目さんが、クスッと笑った。


「優しいんですね。」


「ははは…そうですか?」


そりゃあ、大事な人には、優しくするでしょう。



「でも、どうして親方は、私にそんな優しくしてくれるんですか?」


「えっ!?」


いきなり核心に触れる!?



どうしよう。


ここで言うべきか。


“あなたが好きだから”って。



「あはっ!そんなこと、言われても困りますよね。」


「夏目さん?」



そう言う夏目さんの方が、困ってるよ?


「ほら、私、すぐ勘違いしちゃうから。」


「勘違い……」


俺が近づくと、夏目さんは別な方向に逃げる。


「周平の時もそうだったし……なんて言うのかな。優しくされると、私のこと……」


「夏目さんのこと?」


「……好きなのかなって、誤解しちゃうから。」



困った顔。


悲しそうな顔。


周平さんの時と、同じ顔。


俺の為に?



「それ、勘違いじゃないですよ。」


目をパチクリさせる、夏目さんの真正面に立つ。


「誤解でもありません。俺は……」


夏目さんの瞳に、俺が映る。



「あなたが、好きです。」


「うそ……」


途端に目を大きくさせて、口を両手で覆っている。



うん。


その驚き方、とってもいい。



「夏目さん、俺の。」


「はい。」


「彼女になって貰えませんか?」


見る見る間に、瞳が潤んでいく。



「って言うか、なってください。」


夏目さんは、大きく一度だけ、頷いた。



それが可愛くて、可愛くて、無意識に、


kissしてた。


彼女はしばらく、俺の腕の中で泣いていた。




あ~あ。


泣かせないって誓ったのに、


結局は、泣かせちまった。


でも まあ、いっか。


たぶん、これは悲し涙じゃなくて、


嬉し涙だろうから。




― Fin ―


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