第11話 触れ合う想い

 あれから数日。

 あたしは、食事も満足に喉を通らなくなっていた。

 もちろん、まともに寝てもいない……。

 それでも、別に構わない。


 でも――。


 あたしはそんな働かない頭と体で、学校生活を送っていた。

 そして今は体育の授業中、短距離走。

 タイム計測のため、5レーンまで使って次々とスタートを切る。

 そして、あたしの番。

 合図と同時に、一気に走り出す!

 直ぐに横には誰もいなくなって先頭を直走る!

 ゴールはもうすぐ……そう思った、次の瞬間!


「!?」


 右足を踏み込んだ時に態勢を崩した!

 そのまま地面に転がり込む――!


「痛タタ……」

 あっという間に最下位になったけど、最後まで走り切ろうと上体を起こす……すると、目の前には血相を変えたヒロの姿が。

「チー! 大丈夫か!?」

「ヒロ…ぁ、ぅん。大丈夫……っ!?」

 右足に激痛が走って立ち上がれない。

 それに、見ると左の膝と肘から、擦り剝いて出血もしていた。

「長瀬、大丈夫か?」

 先生が様子を診てくれる。

 あたしが痛みのあまり顔をしかめると、「先生、オレ保健室連れて行きます!」と、ヒロがあたしの前にしゃがみ込んで、背中を見せておぶさるよう両手を後ろへ回した!

「え!? ちょ、ヒロ!? いいよ!」

 恥ずかしいということよりも、ヒロに近づき過ぎることに申し訳ない気持ちで一杯だった。

「いいから乗れ!」

「!?」

 ヒロの口調には、有無を言わさない力強さがあった。

『こんなヒロ、見たことない……』

 あたしは驚きながらも、ヒロに従った――。


「……」


 ヒロが歩き始めると、野次馬の冷やかす声があちこちから沸き起こる。

 あたしは「恥ずかしい」と言って、ヒロの左肩に顔をうずめる。 

 だけど本当は、そんなに恥ずかしくなんてなかった。

 ただただ、嬉しかった――。


「チー。ちゃんと寝れてるのか? ずっと顔色悪いぞ?」

「ヒロ……もしかして、気にしてくれてた?」

「あたりまえだろ。今日とか体育できるのか、すごく不安だったから……案の定だ」

「ヒロ……」

「うん?」

「ごめ……ううん、 ありがとう」


 あたしは、ヒロに巻きつけた腕を体ごとギュッと引き寄せる……

 ヒロの温もりが伝わる。

 あたしの頬は、嬉しさで熱くなる。

 大切な、大切な温もり――。


 保険室で処置をしてもらって、先生の診立ては軽い捻挫だそう。

 帰りはヒロが付き添ってくれることになって、久しぶりに一緒に下校する。

 学校を出てから肩を借りて歩いてみたけど、思ったよりも歩きづらい……。

 そんなあたしのぎこちない歩き方を見て、ヒロはスッと、腕を差し出してくれた。


「……」


 あたしは、優しさに溢れたその腕を、大切に組ませてもらうことにした――


「ね、ヒロ。こーしてると、ラブラブカップルに見えるかな?」

「どう見たって、お前のその足みたら、〈なんて優しい男子なんだろう〉って、思うに決まってんじゃん」

 ヒロはそう言って楽しそうに笑う。

「う″ー(-。-#)」

 あたしは抗議の顔を作ってみせる。

「……ていうか、そんな見られ方したら、チーが迷惑だろ?」

 ヒロが夕暮れの空に話しかけた。

「……迷惑なんかじゃ、ないよ」

 あたしはそういって、ヒロに絡めた指を強くした――。


 そのまま少しの間、話すこともなく歩いていると、「チー。オレ、チーを怒らせてしまって、ごめん……」と、ヒロが【あの】で言葉をつむぐ。

 あたしは、胸が苦しくなる。

「ううん。謝らなきゃいけないのは、あたし。ちゃんと向き合おうともしないで、勝手にヒロに怒ってた。そんな権利なんてないのに……」

 その言葉に、ヒロは不思議そうにあたしを見る。

「なに言ってんだよ? 権利ならあるぞ」

 ヒロの言葉の意味が分からなくて、少しだけ顔を上げて、あたしもヒロを見た。


『ぁ……』


 そこには、【あの瞳】とは違う、澄んだ綺麗な瞳が輝いてた――。

 

 「だってお前、チーだろ? それに、オレの小説の、たった1人の読者だろ?(♪)」


 そう言って、ヒロは弾ける笑顔をあたしに贈ってくれる――。


「……」


 あたしの心が満たせれていく――

 

 あたしは精一杯、気持ちを込めてヒロに伝えたくて、短いけれど、一番ヒロに伝わる言葉を選んだ!


「――うんっ!」


 気付けば二人の溝は、あっという間に消えていた――――。

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