第10話 感情・・・波
翌日。
ヒロは
あたしは『絶対かかわらないようにしよう』、そう決めていた。
もう、心が追いつかないから――
隣にいるだけで、他愛もないやりとりで幸せを感じさせてくれて、そしていつでも守られて来たことを手放さないといけない時がやってきたから――
それに、泣き腫らしたこんな顔も、見られたくない――
放課後、担任の先生に生徒会室へプリントを届けて欲しいと頼まれた。
嫌な予感がしたけど、断る理由も見つからなかったので運ぶことに。
そうすると、踊り場でヒロとばったり出遭ってしまった!
『どうしよ!?』
それしか頭に浮かばない。
「チー……」
「ごめん!? これ生徒会に届けなきゃいけないから!」
あたしは顔を逸らして、ヒロの脇をすり抜ける。
すると――
「チー!」
「!?」
ヒロがあたしの腕をギュッ!と掴んだ!!
一瞬の出来事なのに、あたしからは、たくさんの感情が溢れ出していた――
触れられて、留めてくれて、そのままヒロの胸に飛び込みたい気持ち……
なんでこうなっちゃったのよ!?っていう、八つ当たりの気持ち……
一番近くにいたかったのに、一番遠くになっちゃったっていう気持ち……
守りたかったのに、それも叶わなくなっちゃったっていう気持ち……
ごめんね、っていう気持ち……
――そして、ヒロのことが誰よりも好きっていう想い――
その感情の全てを「触らないでよ!」という言葉と共にヒロを睨み付けて、腕を振り払うことで消し去ろうとした――――
「!?」
プリントが数枚、泣き叫ぶように、ひらひらと舞う――
ヒロが、ヒロが驚いてる……
ヒロを傷つけた……
こんなこと、今まで一度だってしたことないっ!!!!
――心が泣いた―――
『ヒロ、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね!』
放心状態のヒロを置き去りに、「急いでるから!」と、プリントを握り潰すように拾い上げ、あたしは顔を伏せながら足早にその場から離れてトイレへ駆け込んだ!
鍵を閉めて、声が漏れないように、震える口元をハンカチで押さえる――
「…………」
涙が留まらなかった――――。
その夜。
あたしはずっと、暗い部屋に
「終わったんだな……」
言葉にすると、また、涙が止め処なく溢れてくる。
収拾のつかない想い。
それぞれになってしまった時計の針。
変えようのない、この現実――。
「消えちゃいたい……」
そんなことを呟いた頃、気付けば、空が朝を迎えようとしていた。
『……動こう』
そう思って、いうことを聞いてくれない体を無理やりに動かして、机に向かい、パソコンを開いた。
すると、一通のメールが届いてた――ヒロからだった。
鼓動が高鳴る。
また泣きそうになってしまう。
開けるのが怖い。
でも、嬉しい――
あたしは【読んで】と、件名が記載されているメールを開く。
そこには本文はなく、ファイルが添付されていた。
「……」
ファイルを開く――
「……ヒロ」
そこには、あたしにしか読めない、あたしにしか伝わらない、そういう小説が、延々と
文字から伝わるヒロの【ありがとう】
文章から溢れてくるヒロの【ありがとう】
ストーリーから届いてくるヒロの【ありがとう】
読めば読むほど、子供の頃からのヒロとの思い出が、昨日のことのように、次から次へと蘇ってくる。
あんな酷いことをしてしまったあたしなのに……、
あんな許されないことをしてしまったあたしなのに……。
――気付けばまた、泣いていた。
こんな素敵な人を傷つけてしまった後悔。
こんな素敵な人の恋を応援できなかった後悔。
こんな素敵な人を守れなかった後悔。
こんな素敵な人の思いを大切に出来なかった後悔。
こんな素敵な人を手放してしまった後悔。
ヒロは、こんなにも優しく接してくれているのに、あたしは深い、深い溝を作ってしまった――――。
「…………」
散々悩んだ末に、ヒロにLINEすることにした。
【感謝状?】
【うん】
【あたしにしか読めないと思うよ?】
言葉だけでも、普段通りに接しようと心がけた。
【チーにさえ伝われば、それでいいんだ】
ヒロがあたしの心を優しく包み込んでくれる……。
【儲からないね(笑)】
【儲からないな(笑)】
何気ないやり取り。
その幸福感。
これからも、こんな日々をヒロと過ごしていきたい。
――胸が、締め付けられる。
「ヒロ……」
あたしは、【いつもの時間】と送った。
すると、ヒロから直ぐに返事が届いた――。
何も変わらなく見えるのに……だけど、ヒロとの見えない溝は、はっきりと出来てしまった。
『それでも――』
あたしは、いつも通りの時間にガチャリとドアを開ける。
そこには、いつも通りに【見える】ヒロがいた。
――変わってしまったあたし達。
『それでも――』
「よー」
『届いたかな?』
「よー」
『ヒロも
「さ、行こか」
『ヒロ……』
「、おぅ」
ヒロの乾いた返事。
あたし達は話すことも無く、無視することのできない溝を埋めるように、ただ、そっと、寄り添って歩いた―――。
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