第9話 努力 > 幼馴染
その日の夜。
「!?」
美咲ちゃんからLINEが届いた。
【こんばんは。千尋ちゃん元気ですか? 最近、桜井君と千尋ちゃんのお家の前まで一緒に帰っています。よかったら時間が合う時、3人で一緒に帰りませんか?】
「……」
やっぱり、美咲ちゃんは強いと思った。
美咲ちゃんは、あたしがいたことに気付いてるんだと思う。
【正々堂々、戦いましょう】
そう言われてるのも同じだ。
「……」
もう、既に叩きのめされた気持ちになって返事が出来なかった――。
それから数日、取り乱れた心のままに日々を過ごしていると、ヒロが何度もあたしに話しかけようとする。
あたしは整理のつかない思いに振り回されて、なんだかんだ理由をつけてヒロから逃げ回っていた。
本当は、『ちゃんと話さなきゃ』、そう思っているのに……。
そんなことを繰り返し、悩み続けていた休日の昼下がり、美咲ちゃんからまたLINEが……。
【千尋ちゃんのお家の近くにいるんだけど、お話しできませんか?】
「……」
できれば逃げ出してしまいたい。
あたしには、美咲ちゃんと向き合って話すだけの心の整理も準備も出来ていない。
でも、美咲ちゃんの覚悟は伝わってくる。
『何をどうすればいいの?』
スマホの画面を瞬きするのも忘れて、ぼんやり眺める。
『その覚悟だけでも、受け留めるべきだよね……』
画面が『早く』と催促しているように見えたけど、しばらく
すると、【実は、もうお家の前に来ています】と、直ぐに返事がきた。
「……」
画面の文字から目が逸らせない。
あたしは肩が持ち上がるほど鼻から深く息を吸い込むと、それをまた同じように一気に吐き出した。
「……」
同時に落ちてきた肩が、あたしの体の軸を崩す。
そして、何の覚悟も決まらないまま、表へと向かう。
『負け戦って、こういうこというのかな……』
あたしは始まる前から勝負のついている戦場へと赴いた――。
「美咲ちゃん、どうしたの?」
できれば避けて通りたいという思いから、素知らぬ振りで話しかける。
そんなあたしとは対照的に、美咲ちゃんは引き締まった表情で、あたしに言葉を投げかけてきた。
「千尋ちゃんは、桜井くんのこと、好きだよね?」
たった一行足らずの言葉で射抜かれた――。
あたしの体には、ぽっかりとした大きな穴が空いて、そこをヒューヒューと勢いよく風が吹き抜けていく。
砲弾のような、「好き?」、ではなく、「好きだよね?」に……。
「え!? 何言ってんの!? そんなわけないじゃん! あたし達ただの幼馴染だよ!?」
あたしは今、立っているのがやっと――。
「好きだよ」……そう言えたなら、どれだけ幸せだろう。
あたしがその言葉を口にする為には、ヒロのことをちゃんと守れていることが大前提。
でも、あたしには何も出来ていない……それどころか、ヒロに守られっぱなし。
どれだけの時間、ヒロと一緒に過ごしてきたと思ってんの?
なのに、何も出来ていない……。
そんなあたしが「好き」と言えるわけがない。
それを明確に、美咲ちゃんの一言が教えてくれた。
そして多分、美咲ちゃんならヒロを守れる。
あたしよりヒロの為になんでもできる。
それが分かるからこそ、終わっていくしかない――
『この後、あたし、どうなっちゃうんだろ……』
一瞬だけ過ぎった――。
そこから美咲ちゃんは、「それでいいの? ほんとにそれでいいの? 千尋ちゃん」と、悲し気な表情であたしに問いかける。
そして、この時にはもう、あたしの心は既に逃げ出していた――。
「何わけわかんないこと言うの!? いくら美咲ちゃんだって冗談が過ぎるわよ!? そんなことどうでもいいでしょ!? あなたに何の関係があるのよ!?」
負け犬の遠吠え。
美咲ちゃんは、ひとつ溜息をついたあと「関係あるよ。だって、私は桜井君のことが好きだから」と言った。
凛とした表情で、そう言った。
『綺麗』
あたしは場違いにも、そう思った。
そして、それと同時に逃げ切ることも許されず、あたしはその場で処刑されたことを理解した――――。
「へ……へー、そうなんだ。それは良かったね。ヒロも喜ぶんじゃない?」
声が上擦り、膝が震える。
そして――
「私、桜井君の彼女になりたい」
そこにいるのは、あの頃、皆が見て知っていたはずの美咲ちゃんじゃなかった。
あたしがずっと感じていた、【本当の】美咲ちゃんが、そこにはいた。
『やっぱり、強いね……あたしじゃ勝てないや』
背はあたしの方が高いはずなのに、その時のあたしは、美咲ちゃんより遥かに小さくなっていた。
そして、美咲ちゃんはそんなあたしの横をスッとすり抜け立ち去って行く。
それも、【ヒロの家の方】から。
まるで、【幼馴染までの距離】、それを知らしめるように――。
「……」
美咲ちゃんが立ち去った後、あたしは身動き一つ出来ないでいた。
そう、これが必死で努力してきた人と、ただ【幼馴染】に
……勝てるわけない。
それなのに――
気付けば、ヒロの部屋を見上げていた。
「……」
涙が溢れてくる。
あたしは込み上げてくるヒロへの想いをグッ!ときつく抑え込んで、そこから無理矢理足を引き剥して、自分の部屋へ駆け込んだ!
そして、声が漏れないように、顔を枕にギュッ!と押しつけて、一晩中泣き明かした―――。
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