静かになる

エリー.ファー

静かになる

 あのままあそこにいても何にもならないよね、と言葉にした。

 そうね、と言葉は返った。

 雪が降っていた。

 酷く、寒い夜のことだった。

 時間ばかりが過ぎ去ってしまうので、そのたびに、雨が降るではないかと、両手を空に向ける。

 卑しいほど、今現在の自分という存在に依存しながら、隣に座る彼女の頬を見つめていた。目を見つめることはしない。頬だけを、ただじっと見つめていた。

 電車が一両だけ通り過ぎ、その後を追うように雪が舞う。

 ほんの一瞬のことだ。

 まだあの線路に、あの伸びた鉄の塊に熱はあるかもしれない。

 まだ。

 まだ。

 君と僕との間にも、まだ熱はあるのかもしれない。

「あるわよ。」

 僕は前を見つめたままだった。

 そうですか。

「そうよ。」

 貴方は超能力者でしたね、そう言えば。

「そうよ。」

 人の心が読めるんでしたっけ。

「そうよ。」

 雰囲気のせいで忘れてたわ。ごめん。

「そうよ。」

 超能力者って大体NASAとかにいるのに、何で、こんな日本の片田舎の雪にまみれた駅にいるんですか。俺に会いに来たんですか。

「そうよ。」

 アメリカのNASAの施設にずっといると、どうしても遠距離恋愛になるからね。それなら別れた方が良いって俺が言ったんだよね。

「そうよ。」

 だって、君はさ、NASAで世界を救う仕事をしてるんでしょ。

「そうよ。」

 その邪魔になることだって、あるし、今だってこうやって君はここにきてしまっただろ。別にワープとか移動系の超能力じゃないんだから、どこにも簡単に行ける訳じゃないんだし。そうなったら、こうやって会うために有給休暇を取るんだろ。

「そうよ。」

 悪いよ。

「そうよ。」

 そりゃ、たまには俺だって有給休暇取りたいけどさ、小売店の店長とかだと簡単に有給って取れないんだよ。NASAって残業とかどうなの、働き方改革とかやってんの。

「そうよ。」

 いいなぁ。いいなぁ、NASA。残業代とか全部出るんでしょ。有給の消化率とかどうなの、高いんでしょ。

「そうよ。」

 いいとこ就職したよねぇ。

「そうよ。」

 でさ、最近なんだけど、うちってあれでしょ。割と大きい小売店だからさ。だから、この田舎の店の店長は他の人に任せて色々と仕事をやってみろって上から話が来てて。それで、ここより忙しいところで仕事になるらしいんだよね。ごめんね。もしかしたら、一緒にいられる時間、また減っちゃうかもしれないんだ。嫌だよね。

「そうよ。」

 いや、俺もさ、本社で幹部の人にそういう所の説明はしなきゃって思って色々話をしたんだよ。ほら、意外と俺、仕事頑張ってきたからさ、社長賞とかも何度かもらってるし。あぁ、知ってるか。

「そうよ。」

 でも、結局、押し切られる形になっちゃってね。早い話が、店長を幾つか任されて自由にやらせてもらってたけど、結局は、組織の人間なんだよ俺も。ごめんね。いや、謝ってばっかりになっちゃったな。その、本当に、ごめん。

「そうよ。」

 もし、別れなかったらだけどさ、遊びに来てよ。今度もまたお店の店長なんだけど。自分でもこれも勉強なんだと思って、一所懸命仕事しようと思ってる。あぁ、駄目だなぁ。結局これじゃあ、俺の我儘みたいだね。

「そうよ。」

 お店から二時間くらいの所にさ、面白いスポットがあるんだ。一度くらい遊びに行こうよ。

 風が止まると、雪だけが静かに二人のための背景になる。

「そこ、NASAっていうんだ。」

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