第3話変化の兆し

 へたり込んだロザリーの前に差し出される手を、彼女は不思議そうに見つめ、その顔を見上げる。

 どれくらいそうして居たか、彼女はポ~っと眺めていたかと思うと、突然我に返ったように立ち上がった。


「お、男が私に気安く話しかけないで!ど、どどどどうせ?アンタも私を慰み者にしようとか考えてるんでしょ!そんなのお見通しなんだから!」

「い、いや、俺はそんなつもりは…」

「ふんっ!」


 わたくしはロザリーの態度に驚きを隠せなかった。

 殿方が居るといつもわたくしの後ろに隠れていたあの子が、あんな強気な態度をとれるなんて。

 勿論、助けていただいた方に対して淑女らしからぬ振る舞いではありますけど。

 それでも、あんな姿を見るのはあまりにも久しぶり過ぎてつい口を挟むのを躊躇してしまいました。


「俺は何か拙いことをしてしまっただろうか。気に障ったなら謝る。」

「う、うっさいわね!こっち見ないでよ痴漢!変態!強姦魔!」


 よくもまあ出てくること出てくること、罵詈雑言の雨あられ。

 真っ赤な顔で腕組みし、そっぽを向いているロザリー。

 …と、そんなことより!


「す、すみません!騎士様!この子は訳あって男性恐怖症を患っておりまして…。」

「そうだったのか。気を遣えずにすまない。」


 そう言って距離を取る彼に、「あっ」と少し残念そうな声を上げるロザリー。

 あら?騎士様…こうしてちゃんと見てみるとちょっと…いいえ、かなり素敵な御顔立ちを…

 わたくしは男らしさに溢れる体躯と愁いを帯びた瞳に不覚にもドキっとしてしまいました。まるで幼い頃に物語で憧れた騎士様のようで…

 っていけませんわっ!初対面で懸想するなんてはしたないっ!

 わたくしは染まった頬を隠すようにカールした横髪をいじる。


「…どうした?俺はまた何か拙いことを」

「い、いいえ!なんでもございませんわっ!」


 落ち着かなくて視線を彷徨わせると、ちょうどロザリーと目が合った。

 ロザリー?どうしてそんなに膨れた顔を…


「俺の名前はレナード・アーヴィング。聖騎……違うな。今は只の無頼だ。」

「あっ!し、失礼いたしました!こちらも名乗らずに…」


 わたくしは気を取り直して一つ、咳払い。


「わたくしはアメリア。ラングレー州一帯の領主を任されております侯爵家が長女、アメリア・クラウ・ベルシュタインですわ。この度はお助けいただきありがとうございます、レナード様。このお礼は…」

「いや、礼など気にするな。君たちが無事で良かった。」


 そうして微かに微笑まれると、わたくしは言葉を失ってしまいました。

 顔がまた熱くなるのを感じ、そんなはしたない顔を見られたくなくて俯いてしまいます。


「…そうは参りませぬぞ。」

「セ、セバス?!あなた怪我は…」


 いつの間に治療を終えたのか、側に寄ってきたセバスが歩み寄ってレナード様に深々と頭を下げる。

 その隣にいるリースリットも追随するようにお辞儀をした。


「どうか屋敷までお越し頂けませんか?アメリア様をお助けいただき、何の礼もせぬまま帰したとあれば旦那様に叱られてしまいます。」

「拙者からもお頼み申す。我らが不甲斐ない所を助太刀頂き、言葉だけではとても返しきれませぬゆえ。」


 わたくしも慌てて頷いた。

 わたくしが殿方をお屋敷に招くなんて初めての事ですけど、この際仕方がありませんわよね?別に、し、下心があるわけでもございませんし…。

 って!し、下心なんてわたくしったらなんてことを…!も、もちろん!?その…お、お礼になるのでしたらそういう事も…でもでも、やっぱり初めはお手紙交換からと言いますか、いきなりはちょっと急すぎると言いますか……あうあう


「…ついていくのは構わない。だが、アメリア…だったか?先ほどから様子がおかしいがどうかしたか?」

「い、いえ!なんでもごじゃません!」


 噛んでしまいました…!

 でもそんな風に覗き込まないでくださいまし!その素敵な御顔がそばに来てしまうとわたくし…


「なるほど…。これは遥か東方に伝わる“わびさび”というヤツか。家においでと言われて本当に着いて行くのは間抜けだと聞いたことがある。そういう時は確か『いえ、お構いなく』と言うのが正しい受け答えだと…」


 何か凄く勘違いしてらっしゃいますわっ?!先ほどから薄々思ってましたけどひょっとしてかなり朴念仁な方なのでしょうか?!


「あ、あの、本当にお越しいただきたいのです。わたくしまで父から叱られてしまいますから…」

「そうか。分かった。」


 ホッとしながらチラリとロザリーの様子を探ると、まだ膨れた顔をしているみたい。

 ついにはツカツカとレナード様の方へ歩み寄って…


「アンタ!やっぱり女目当てだったのね?!」

「む?」

「さっきから見てれば鼻の下だらしなく伸ばしちゃって!わ、私の目は誤魔化されないんだからね!」


 ん?その言い方だと…


「ロザリー?レナード様のこと、そんなにジッと見てらしたの?」

「な…!ななななぁ…!?何言ってんのよ!誰がコイツのことなんて…!」


 ロザリーはそう言ってレナード様を睨むと、みるみるうちに赤く染まり、その真っ赤な顔を隠すように

「ふんっ」と明後日の方を向いてしまう。それでも横目でチラチラ窺っているのは変わらない。


「だって貴女、男性の事をそんなに直視出来ないでしょう?それに距離も…」

「ふえ?」


 本人も気付いていなかったのか、二人の距離はすぐ近く。男性恐怖症のロザリーは5mも殿方に近付けば発作を起こすのに。

 もしかしてロザリーも…と気付いたところでセバスが咳払い。振り向くと彼は黙って首を振る。


「…さて、また追手でも来ては困りものですから、そろそろ出発いたしましょうか。リースリット、今後はあなたが隊長代理として道中お願いしますよ。」

「はっ!」


 そうして、捕らえた逆賊たちを荷馬車へと詰め、3名ほど出てしまった護衛の戦死者も丁重に載せるとわたくしたちは帰路へと着くのでした。

 レナード様はわたくしたちと馬車に乗っても構いませんのに、ロザリーに気を遣ってか、兵士たちと馬を駆って着いて来てくれています。

 …お優しい人。ってわたくしったらまた…!

 顔を押さえてモジモジしているわたくしを、ロザリーがジトっとした目で見ていることに気が付きませんでした。

 まあ、そんなロザリーもカーテンの隙間から彼をチラチラ覗き見てるのですけど。


「ああっ!アイツまた…!」


 馬を並走させてリースリットと話している姿を見ると、こうしてぷりぷりと怒り出します。

 …ロザリー、あなたやっぱり…。

 少し複雑な胸中ですが、喜びにも似た感情があるのは確かです。

 だって貴女がやっと自分の生を歩み始めたのかもと思えたから。


 ・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・


 間もなくして、一行はベルシュタインの屋敷へと到着した。

 賊の生き残りは憲兵へと引き渡され、レナードは応接間へと通された。そこには何故かロザリーも着いて来ている。


「おお!アメリア!襲われたと伝え聞いて心配したぞ!」

「お父様!ええ、危ないところでしたがこちらのレナード様に助けていただいて無事でしたわ!」


 愛おしそうにアメリアを抱きしめる初老の男性。

 彼こそがラングレー州を治める司令官のカストロ・クラウ・ベルシュタイン侯爵だ。過去に隣国との戦争で大きな功績をあげ、市井の者から侯爵にまで登りつめた、民にとっては希望の星とも言える人物。

 その時の矢傷により左足に後遺症が残り戦働きからは退いたが、政でも能力を如何なく発揮している。


「レナード殿、この度は娘の危機を救っていただいて感謝してもしきれん。礼ならば私に出来る範囲でしっかりと払わせてもらうぞ!」

「…いや、礼は結構だ。」

「なんと欲のない…!まるで古の聖騎士のようではないか!ますます気に入ったぞ!」


 レナードの手を握って何度も揺するカストロ侯爵。

 アメリアはそんな姿を嬉しそうに眺めている。


「リースリットから報告を受けたがレナード殿はかなり腕が立つとか。それもどこにも所属していないのならば是非ウチの私兵団へと入ってくださらないだろうか?忌々しくもグレゴリーが裏切ったおかげで隊長の席が空いていてな。どうだろうか?」

「それは素晴らしいお考えですわ!お父様!」


 レナードは考えた。

 ここに来るまでの道中、リースリットからいろいろな事を聞き出していた。特にロザリーというアリシアの転生者について。

 ロザリーはこの街のシスターをしており、教会の宿舎に寝泊まりして生活をしているという。

 敬虔な信者であるカストロ公爵は、屋敷のあるここラングレー州中心街ホイエットの教会を自身で運営しており、教会も市井の者たちと触れ合う機会を得るため屋敷の敷地内にあるそうだ。

 なるべくロザリーと行動を共にしたいレナードにとってまたとない話とも言えた。


「…それでは、お言葉に甘えよう。」


 アメリアとカストロ公爵はそこの言葉を聞くと手を取り合って喜んだ。


「しかし条件がある。」

「ふむ、聞こうか。だが給金なら心配することは無いぞ。」

「いや、金ではない。」


 そして、レナードは言った。


「教会の宿舎に部屋を用意してくれ。」


 時が止まる。

 教会にはシスターたちしか居らず、故に男は一人も居ない乙女の花園。それを知ってか知らずか、そう申し出たのだ。


「あ、あの…レナード様?申し上げにくいのですが…その…そちらの宿舎は女性しか居ないもので…。」

「問題ない。男手が必要な時は力になろう。」


 頓珍漢なことを言うレナード。

 これまで黙っていたロザリーはわなわなと震えながら詰め寄った。


「あ…あ…アンタ…!やっぱり女目当てだったのね!?最低よ!この下衆!性獣!」


「このっ!このっ!」と錫杖でレナードの甲冑をガンガン叩くロザリー。

 どうしてそんなに怒っているのか分からないレナードはされるがままに首を傾げた。

 しかしそんな様子を驚いた表情でカストロ公爵は見つめていた。


「ロザリー…彼の事は平気なのか?いや、こう言う言い方は悪いとは思うが、君は男性が苦手だっただろう?」

「へ?」


 そう言われてロザリーは自身の立ち位置に気が付いた。

 身長差が40cm以上はあるから顔は遠いが、それにしてはいつもとは比べ物にならないほど近い距離にいる男。

 ロザリーの顔が爆発したように赤く染まる。


「おっ!なんだロザリー、さては」

「ごほんっ……旦那様。」


 セバスの咳払いで自身の発現が野暮だったと察したカストロ公爵は口を継ぐんだ。

 ロザリーは普段そうしているようにアメリアの後ろへサッと隠れる。普段とは真逆の顔色で。


「…これは困ったな。出来ればアメリアの婚約者にと考えていたのだが…いやしかし方法によっては…」

「お、お父様?!」

「むっ」


 衝撃的な一言で今度はアメリアが赤くなり、ロザリーはむっつりした表情に変わる。


「それでどうなんだ?宿舎は用意してもらえるのだろうか?」

「ああ、それは…」

「出来ればロザリーの隣の部屋を所望する。」


 再びの爆弾発言。


「あ、アンタ何言って…!」


 表情こそイヤそうにしているのに、尻尾は物凄い速さで揺れているロザリー。


「必ず守ると約束したからな。近くにいた方が都合が良い。」

「あの…ですからあちらは所謂女子寮でして…」

「し…仕方ないわね!」

「ロザリー?!」


 腕組みしたままそっぽを向いてそう答えるロザリーに誰もが驚いた。


「こ、こいつが変なことしないか私が見張ってあげる!勘違いしないでよね!別にアンタに気を許したワケじゃなくて、これはアメリアや教会のみんなのために私が監督するだけなんだから!」


 付き合いも長く、本人のキャリアも確かなロザリーに教会内部のことは任せているカストロ公爵は「ロザリーが良いというならば」と頷く。

 かくして、聖騎士レナードの奇妙な花園生活が始まるのだった。


「いい!?アンタがちょっとでも変な事しようものなら憲兵に突き出してやるんだからね!?」

「承知した。…ところで変な事とはなんだ?参考までに書き留めておきたい。」

「へ、変な事は変な事よ!」


 アメリアは一方的な言い合いをしている二人を少し寂しそうに見つめる。

 睨みつけているくせにその頬は相変わらず真っ赤に染まっていて、バシバシと叩く力に加減は無い。


(ロザリー、貴女、気が付いていないのね?貴女今、面と向かって殿方に接しているのよ?いつもわたくしの影に隠れて近付くのさえ難儀だった男の人に。)


 彼女だけには分かる。

 あの歪んだ表情の裏に、笑みがこぼれていることを。

 そして、こうも思うのだ。


(わたくしだって、負けませんからね!)

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