HAPPY BIRTHDAY TO ME

伊崎夢玖

第1話

「おにい、誕生日おめでとう」

「えっ、何?」

「何って今日お兄の誕生日じゃん」

「そうだっけ?」

リビングに掛けられているカレンダーを見ると確かに今日、『7月14日』は俺の誕生日だった。

「あ、ありがとう。でも、いきなりどうした?」

「何が?」

「いつもは俺が話しかけても無視なのに…」

「本当はいつもお兄と話したいと思ってるんだよ?だけど、ちょっと素直になれないだけ…。って、そんなことより、お兄のために作ったから食べてよ」

「あ、あぁ…」

妹の萌香もかに背中を押され、ダイニングテーブルの椅子に無理矢理座らされる。

目の前に広がるのは数々の料理。

すごくおいしそうないい匂いがする。

しかも、俺の大好物の唐揚げは山のように揚げ積まれている。

「これ、全部萌香が一人で作ったのか?」

「そうだよ」

「ありがとう。いただきます」

まずは大好物の唐揚げからいただく。

俺好みにしっかり醤油味が染みていて、カラッと揚がっていて旨い。

「……口に合った?」

萌香が不安そうに覗き込んできた。

「本当に旨いよ。ありがとう」

俺は萌香の頭を撫でてやった。

「よかった。練習した甲斐があったよ」

「萌香も一緒に食べよう。俺一人じゃ食い切れないから」

テーブルの上に所狭しと並んだ料理はあっという間に俺と萌香の胃袋に収まった。

「最後にケーキもあるよ」

そう言いながら萌香は冷蔵庫から苺の乗った生クリームのデコレーションケーキを取り出した。

「これも萌香が作ったのか?」

「そうだよ。今切り分けるから待ってね」

萌香が包丁を手にし、今まさにケーキを切ろうとした時、俺の後頭部に激痛が走った。



「痛っ!!」

頭を押さえ、周りを見ると、そこは教室だった。

どうやら教科書の角で頭を叩かれたらしい。

目の前に数学担当の嵐山が仁王立ちして、額に青筋を立て、にこやかな笑顔で俺を見ていた。

「よぉ、木戸きど。俺の授業、そんなに退屈か?放課後数学準備室来いよ。逃げたらどうなるか分かってるな?」

過去に一度逃げ出したことがあったが、すぐに捕まり、素晴らしいご高説と大量の課題の山をいただいた。

それ以来、嵐山に逆らうことは止めた。

しかし、昼食後すぐの授業で睡魔に襲われて居眠りしていたこととは話が別だ。

眠いものは眠い。

睡眠欲は人間の三大欲求の一つだから。

俺は本能のままに生きる。


放課後になり、数学準備室に出向き、延々と続く説教を食らい、大量の課題を出された挙げ句、次居眠りしたら単位をくれないとはっきり言われてしまった。

(単位貰えなかったら留年じゃん…)

さすがにそれだけは勘弁だった。

なるべく寝ないように気をつけようと心に誓いながら教室に戻ると、幼馴染の伊藤涼香いとうすずかがいた。

「かずくん、帰ろう」

「今日、お前部活は?」

「休みだよ」

「でもバド部やってたぞ?」

「今日は休みなのっ!」

涼香は顔を真っ赤にしながら頬をぷぅーっと膨らませた。

「今日家来るか?」

「もちろんだよ」

涼香が部活を休んで俺と一緒に帰る日は必ず俺の家に来る。

(今日は涼香の両親いない日だっけ?)

涼香のお父さんは医者で、お母さんは看護師。

大病院に勤務をしていて、二人とも夜に家にいないことがある。

そうなると家には涼香一人になってしまい、防犯上よくない。

だから、家が隣同士の俺の家に涼香が一人になる日だけは泊まりに来ている。

「今日は豪華な晩ご飯になるはずだよ」

「どうして?」

「かずくん、もしかしなくても今日何の日か忘れちゃった?」

「今日?」

今日は何か特別な日だっただろうか?

うーん、と唸っていると、涼香が呆れた声で教えてくれた。

「今日はかずくんの誕生日じゃん」

「今日だっけ?」

携帯を取り出し、日付を見ると『7月14日』と表記されている。

間違いなく今日は俺の誕生日だ。

「すっかり忘れてた」

「あり得なくない?自分の誕生日忘れるとか」

「普通にあり得るだろ。お前みたいに記念日を大事にする奴じゃないんだよ」

「とにかく、今日はかずくんの誕生日だから豪華な晩ご飯だよ」

涼香がにたりと笑った。


くだらない話を続けていると、家に到着した。

(今日も萌香は部活だよな)

鍵を差し込み回すと、家の中からいい匂いがする。

「ただいま。萌香いるのか?」

台所の方からパタパタと足音がする。

リビングのドアが開き、ひょっこりと萌香が顔を覗かせた。

「涼香ちゃん、手伝って」

「お邪魔しまぁーす」

涼香はにこにこしながらパタパタと台所に向かう。

俺もそのあとに続いてリビングに入ろうとしたら、萌香に止められた。

「お兄は入っちゃダメ」

「どうして?」

「どうしても。呼びに行くまで入らないで」

そう言うと、リビングのドアをバタンと閉め、台所に向かって行った。

(何なんだ?)

訳が分からず、とりあえず嵐山に出されてしまった大量の課題をこなすために自室へ向かう。

着替えを済ませ、課題を少しだけ進める。

数学は元々苦手で、全然進まない。

(あとで涼香に教えてもらおう)

パタンと課題を閉じた時、タイミングよく自室のドアをノックされた。

「お兄、いい?」

「いいぞ」

カチャリとドアノブを回して萌香が部屋に入ってくる。

「リビングに来て」

それだけ言うと、部屋から足早に出て行った。

後を追うようにリビングに行けば、今日の昼間に見た夢のような豪華な料理がダイニングテーブルの上に所狭しと並んでいる。

もちろん俺の好きな唐揚げもある。

「すごいな…」

「これ、ほとんど萌香ちゃんが一人で作ったんだよ」

「涼香ちゃん、それは内緒っ!」

「いいじゃん。あたしは最後の方をちょっと手伝っただけ」

「そうなのか…」

料理の凄さに圧倒されて、言葉を失ってしまった。

「そんな入口でボケッと突っ立ってないで座れば?」

萌香に促される形で椅子に座る。

「いただきます」

二人に見られながら食べるのは少し変な気持ちだが、まずは唐揚げから食べる。

いつもの味と少し違う。

「唐揚げ、いつもと少し違うな。…にんにくかな?」

「正解」

萌香が珍しく今日はよく話してくれる。

いつもなら『ウザい』『キモい』『目障り』『死ね』と反抗期の娘が父親に向かって言うような言葉を浴びせられるのに、今日はまだ一度もない。

「今年も暑くなるし、去年夏バテしてたみたいだから暑くなる前からスタミナつくように少しにんにく入れてみた」

あんなに反抗して俺のことなんて基本無視してた萌香が、ちゃんと俺を見ていてくれたことに感動する。

ある時を境に、冷たく接してきた萌香。

ずっと嫌われていると思っていた。

「他のも食べてみてよ」

萌香の手料理を堪能する。

どれもこれも旨い。

「俺だけじゃ食いきれないから萌香も涼香も一緒に食おうぜ」

「うん。いただきまぁーす」

「…いただきます」

三人で食べるご飯は旨かった。

「ごちそうさまでした。ほんとうに旨かったよ」

「あっそ。ケーキもあるけど、どうする?」

「ケーキも萌香ちゃんの手作りだよ」

「く、食うっ!」

正直もう胃袋は限界だったが、萌香が作ってくれたケーキなら食べなければならない。

萌香が冷蔵庫から取り出したのは、苺の乗った生クリームのデコレーションケーキだった。

胸がジーンとして言わずにいようと思った言葉が口から滑り出した。

「いつも萌香とこれくらいたくさん話したいな」

すると、萌香が顔を真っ赤にして、手にした包丁を俺に向けてきた。

「き、今日だけなんだからねっ!明日からは昨日までと同じなんだから。今日だけ特別なんだからねっ!涼香ちゃんケーキ切ってっ!」

涼香に包丁を渡すと、真っ赤な顔のままバタバタと大きな足音を立てながら二階の自室に行ってしまった。

「俺、悪いこと言ったか?」

「うぅん。多分まだ自分に素直になれないだけなんだよ」

「女の子のあれくらいの時期ってそうなのか?」

「皆そうだよ」

「涼香も?」

「あたしはどうだったかな?」

自分のことははぐらかしながら、涼香はきっちりケーキを切り分けた。

取り分けてくれたケーキには誕生日の人しかもらえないチョコレートプレートが乗っていた。


『HAPPY BIRTHDAY 一樹かずきお兄ちゃん』


慣れていなくて文字がいびつになっている。

何度も練習して一番いい出来の物をケーキに乗せたのだろう。

必死に書いたのが文字から伝わってくる。

「これ、萌香が書いたのか?」

涼香に尋ねるが、こちらを見ることなく黙々とケーキを食べている。

『そんなことを聞くのは野暮だ』と言われているようだった。

「ありがとう、萌香」

この日食べた料理は昼間に見た夢で食べた料理より何万倍も旨かった。

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