彼女が幼馴染みでヤンデレで。

秋月創苑

本編 

 俺は大久保純次。自他共に認めるお調子者だ。乗せられるとついつい調子に乗って良い顔してしまう。そのおかげで、色々後で反省する事も多い。

 放課後、西日の差し込むこの教室の窓際の席で、机を挟み向かい合っている女子が、じっと冷たい目で見上げてくる。

 無言で睨むのは止めてくれ。


 彼女の名は大矢芽留める。広く周りが認めるヤンデレだ。ただ一人、彼女自身を除いて。

 俺達の他に教室には誰もいなく、従って沈黙の空気がむしろ耳に痛い。

 

 彼女と俺は幼馴染みだ。

 お互いに子供だった頃は良かったのだが、中学後半に入り、俺の思春期特有に来るアレがアレする度に彼女の機嫌が悪くなり、徐々に喧嘩が増えて一悶着あった挙げ句、俺達は付き合う事になった。

 その辺りは割愛する。

 とにかく無事に付き合う事になったのまでは良かったが、うっかり俺がお調子者っぷりを発揮してクラスの女子と仲良さそうにする度に、彼女のヤンデレっぷりもまた周知されるようになった。

 それもまぁ、いい。

 と言うかそんな事、今はどうでもいい。

 俺が現実逃避しているこの間も、彼女の機嫌がどんどん悪くなっているのが分かる。


 俺が何も言わない事を悟った芽留が久し振りに口を開いた。


「いつまでシラを切る気?」


「そんな事言われても。全く身に覚えが無いってさっきから言ってるだろ?」


「身に覚えが無い訳ないでしょう!」

 そう叫んで彼女が右手を突き出してくる。

 彼女の右手には、一本のちくわが握られていた。

 勢いよく突き出されたせいで、彼女の白い手に握られたちくわは、ぷらんぷらんと頭を大きく左右に揺らしている。

 ジュンジー。ドウスルノー?ジュンジー?

 気のせいか、ちくわの声が聞こえてくる。

 俺の目も無意識にちくわの動きを追いかけ、左右に往復する。


「なんで!

 カバンに!

 ちくわが!

 入ってるの!」


 彼女が一句一句叫ぶ度、ちくわもまたぷらん、ぷらんと揺れる。

 俺の目も揺れる。

 何度も言うが、全く身に覚えが無いのだ。

 そんな物、どう答えれば良いというのだ。


「だから、知らないって。

 誰かが間違えて俺の鞄に入れたんだろ?」


「誰が!

 誰が鞄にちくわ入れるのよ!

 しかも間違えてって!」

 ごもっともである。

 俺だって聞きたい、鞄にちくわ入れる理由。

 信じられないだろ? そいつむき出しで入ってたんだぜ。


「じゃあ芽留に聞くけどさ、俺が鞄にちくわ入れてて、それが何になるんだ?

 俺がちくわを何に使うと思ってんの?」

 俺がそう言い返すと、途端に芽留は顔を赤らめ、モジモジし出した。

 あ、ちょっと可愛い。


「何って……その、あれでしょ?

 …他の女の子と、お互い口にくわえて……

 それで、ちょっとずつ食べ合ってくんでしょ……?」

 うん、それ違う。

 食べ物の種類が違うよね。

 てか、もっと生々しくなってるわ。

 穴が空いてるのが尚よろしくない。

 ちょっと妄想しかけた。


「そんな使い方はありません!」


「えっ!?

 ……まさか、もっといかがわしい使い方があるって言うの……?」


「いかがわしい使い方なんてしねーよ!

 そんなに細くないし、第一そういうのって普通コンニャクだろっ!?」


「細い…?

 コンニャク…………?」

 あっ。なんか自爆したっぽい。


「と、とにかく!

 そんな事俺はしない!」


 再び険悪な空気に包まれにらみ合う俺達。

 そこに、突如光が差し込んだ。

 

 ガララ、と教室のドアが開き、ジャージ姿の女子が現れた。

 彼女は宝塚百合。女子バレー部に所属する、脳筋タイプを絵に描いたような、分かりやすい体育会系だ。

 百合は俺を見ると、嬉しそうに近寄ってきた。


「あー、良かった。まだいた。」

 そして、芽留の握りしめるちくわに目を落とし、更に顔を綻ばせた。


「やっぱり!

 良かったー。」

 そう言って、芽留からちくわを取り上げた。


「…あの、百合さん?

 もしかして、そのちくわは……」


「うん、間違えてジュンの鞄に入れちゃったんだねー。

 私の持ってきたちくわだよ。」


「「はい??」」

 俺達は揃って声を上げる。


「通学路にさー。

 めっちゃ可愛い猫がいんのよ!

 もう放課後の楽しみでさー。」

 百合がふよんふよん、ちくわを振りながら楽しそうに言う。


 …なるほど。

 ようやく合点がいった。

 芽留も誤解が解けたようで、穏やかな表情になった。

 良かった。

 それにしても、はた迷惑な話だ。


「あ!

 もうこんな時間!

 早く行かないとエア・チェアの刑になっちゃう!」

 百合が時計を見て叫ぶが、エア・チェアって何だよ…。

 空気椅子の方が伝わるだろ…。


「そんなわけで、ジュン。

 本物はこっちね?

 渡したからねー。」

 そう言って彼女はちくわをまたもや置き忘れ、騒々しく教室を出て行った。

 止める間もないその素早さは、さすが女子バレー期待の星だ。


 そんな彼女が去り際に俺に握らせたのは、むき出しのアルトリコーダー。

 これは確かに、今日別のクラスの友人(男)に貸した俺のリコーダーだ。

 その男に頼まれて、百合が俺に返しに来たんだな。

 で、間違えてちくわを入れちゃいました、と。

 なるほどなー。


 ………………

 

 ……あいつ、馬鹿なの……??

 リコーダーとちくわ、間違えないよ、普通!?

 どこまで脳筋なんだよ、ていうか次元が違うよ!


 ……ま、百合の変人ぶりはともかく、問題は解決だ。

 帰りにアイスでも食べて帰れば、芽留の機嫌もデレモードだろ。

 俺は、鞄を手に立ち上がりかけた。…が。

 何だか、芽留さんの方からブリザードみたいな冷気が流れてくるんですけど……?


「ジュン君?

 教えてちょうだい。

 ユリちゃんのリコーダーを、どう使うつもりなのか…………」


 あ。俺、死んだ。

 

 俺は無意識に武器を探す。

 もちろん、自己防衛の為だ。

 だがしかし。


 俺の手は、百合が結局忘れていったちくわしか持って無かった。

 

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彼女が幼馴染みでヤンデレで。 秋月創苑 @nobueasy

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