ドール操者女子とメカニック男子は、今日も口をすべらせ赤面する

芳賀 概夢@コミカライズ連載中

「好き」という感情は、金庫に大事に隠しながらも本当は誰かに見てもらいたい宝物だ。すなわち恋する者は、みな露出狂ということである(「アーダルト・ドエロスキーの格言」より)

 変調型AIの補佐を受けながら、全長40センチメートルの人型ロボット【MAIO-DOLL(変調型人工知能操作人形Modulate Artificial Intelligence Operation DOLL)】を操り、熱いバトルを繰り広げる競技……とかいう話は、今回どうでもいいかもしれない。


「あなたのせいで苦戦した。どーしてあの動きにしたのか簡潔に述べて」


 抑揚の少ない口調ながら、サンゼはトゲトゲとした感情を激しく相手にぶつけた。短く切りそろえられた赤味の強い金髪の下で、水晶のような輝きを放つ双眸を細め、強くつりあげている。形のよい鼻からは荒い息が漏れ、熟れた桃のような色の唇は強くむすばれていた。おかげで愛らしくも美しい容貌がだいなしだ。在学する高校で三本指にはいる美少女と言われているが、それも彼女が黙っていればの話である。


「ボクは適切にAIを調律した。なにも問題はなかったろう」


 対するジダイは、無造作に黒髪を伸ばした少年だった。目元など、ほとんど見えない。高校一年生としては小柄な体格で、サンゼと目線はあまり変わらない。ほんの半年前まで、同じクラスにいたサンゼが気がつかないほど存在感のない男子であった。

 だがバディを組んでからは、サンゼのジダイに対する存在感は大きく変わっていた。


「ならばなぜ、初動で必ず右足から前に出る設定にしているのか、簡潔に述べて」


「そんなの、きみの癖に合わせているだけだ」


 もちろん、ジダイのサンゼに対する存在感もしかりだ。だから、この2人がこうして部室でぶつかり合うのも、その互いの存在感の大きさゆえである。

 そして、これはすでに日常茶飯事と言える。今も横で2人を見守る、部長のミレと、副部長のルートは、また始まったかと苦笑しか浮かべない。責任ある立場として、2人の言い争いをとめようともしない。

 部員は4名。すなわち、2人の言い争いを邪魔する者はいない。


「いつも同じパターンにしたら、敵に動きを読まれる」


「こうした方がきみの場合、近接戦闘時の踏みこみが速いんだ。それ以外は踏みこむ足を変えている。それでも嫌なら、普段から癖をなくせ」


「癖? 適当なこと言わないで欲しい。その癖とかいうのを簡潔に述べて」


 今まで長テーブルの横に並んで座っていたが、怒りに任せるようにサンゼが立ちあがり、一歩だけジダイに迫りよった。

 2人がにらみ合い険悪な空気が周囲を包む。今にも殴り合いをしそうなぐらい、互いに目尻に皺を寄せている。

 だが、それを見るミレもルートも未だに黙っている。


「……ほら、それだ」


 ジダイがそう言って、サンゼの足元を指さした。

 サンゼが視線を落とすと、そこにあったのはスカートから伸びる踏み出した彼女のスラリとした右足。


「きみは必ず右足を最初に前にだす。その癖に合わせて違和感がないように調律した」


「……こ、こんなのたまたまかもしれない」


「たまたまじゃない!」


 怒りにまかせて立ちあがったジダイは、額がつくのではないかというほどサンゼに迫った。

 対してサンゼも負けじと睨みかえす。


「どーして言い切れるの!」


「そんなのいつも見ているからに決まっているだろう! きみのことだけ・・はいつも気にして、ずっと目で追いかけているんだ! まちがうはずがない!」


「……え? あ、あたしだけ・・……気にして……?」


「あ……」



 ――赤面。



「い、今のは、ほら、調律士modulaterとしてので……」


「うっ、うん……わ、わかってから……うん……」


 そのまま2人は、うつむき加減で静かに座る。

 それを正面で眺める副部長と部長。


「……今日も首筋がむず痒いよ、ミレ」


「私は背中が痒くて仕方ないわ、ルート」


 これが、この部の平和の証だった。




  ★




「いいかげんにしてほしい」


 今日もキレぎみのサンゼの声が、6畳ほどの部室を震わせた。


「あなたの調律は、すばらしいし洗練されて惚れぼれするけど、どうしてあたしの要望どおりに調律してくれないのか簡潔に述べて、この頑固者」


「なんでも舞闘士doll dancerの言うとおりにするのがボクの仕事じゃない。確かにきみの腕前は精密で正確、その動きは流れるように美しくて見惚れてしまうけど、このボクの調律の方が効率的なんだ。それがわからないなんてバカだ」


 いつもの言い争いを目の前で聞かされているミレとルートは、内心で「貶すよりたくさん褒めながらケンカすんな」とツッコミをいれるが口にはださない。言っても無駄である。


「ドールはあたしの分身。いえ、あたしの体そのもの。だからこそ思った通り動かしたい。そうではないと気持ち悪い」


「そんなに言うなら、ボク以外に調律してもらえばいい。ボクはもう知らない」


 2人はにらみ合う。そしてまた、そのまましばらく時間が過ぎるのかと思われた。


「……そ……」


 しかし、早々にサンゼが弱々しく口を動かした。


「……な、なんだよ?」


「そ……そんなこと……言っちゃ……言っちゃ、やだ……」


 少しうつむき加減で震える声。その水晶のような瞳には水のような揺らめきが見えた。

 予想外のことに動揺するジダイ。

 これはさすがにまずいかと、ルートがミレと目を合わせてから開口する。


「お? なんだ別れるのか?」


「「――別れません!」」


 見事に重なる2つの声。その事実に、2人は顔を見合わせる。

 とたん、同時に燃えあがる面相。



 ――赤面。



「ボ、ボクは、サンゼのテクニックは認めていますので……あくまでバディとしてだけど……」


「あ、あたしも、ジダイの技術は信用している……バディとして……」


 やれやれと思うミレとルートだが、恋人のいない先輩2人にとって、この煮え切らない後輩2人のやりとりはイラッとすることもまちがいない。たまにはちょっかいをだしたくなる。


「でも、確かに一理あるかも」


 ミレの言葉に、ジダイとサンゼが首をかしげた。


「バディを変えるという話よ。ジダイの言うとおり、サンゼは試しに調律士modulaterを変えてみたら?」


「お? それなら、このオレがやるぜ?」


 ルートもその話に乗ってくる。きれいな金髪をさらりと揺らしながら、長し目をサンゼへ向ける。特定の彼女はいないが、女の子と遊ぶのは得意な彼の仕草は手慣れたものだ。


「知ってるだろう? オレのテクニックもなかなかだぜ」


「で、でも……」


 ためらいながらサンゼは、目の前にあった自分のドールを手にする。

 それは自分の分身。否、彼女にとって自分の体そのものだ。


「遠慮するなよ。思い通りにならないと気持ち悪いんだろう。サンゼが気持ちいいように、オレが調律してやるよ」


「え……遠慮します……」


「まあまあ、大丈夫だって。だからそのボディ、オレに預けなよ」


 ルートの手が、ドールに向かって伸ばされる。

 とたん、サンゼはドールを抱きかかえて立ちあがった。


「ダ、ダメです! 私のボディに触っていいのはジダイだけ。他の人の好きにさせません!」


「それなら、ジダイならサンゼのボディを好きにしていいんだな!?」


「もちろんです!」


「でも、ジダイの調律なんて気持ちよくないんだろう!?」


「そんなことありません。ジダイは気持ちよくしてくれます!」


「へー。ジダイはサンゼの体を好きに触って気持ちよくしてくれるんだ?」


「そうで――えっ? ……あっ……あああああぁぁっ!!」



 ――赤面。



「ちっ……ちが……ちちちが……ちがぁぁぁぁー!」


 ロケットのように部室から飛び出していくサンゼ。

 それをルートは、ニヤニヤと見送る。


「『ちが』ってなんだよな?」


「……これのことかもしれないわね?」


 ルートに答えたミレの視線の先で、ジダイが鼻血をたらしていた。




 ★




「ボクは汎用性のために遠距離武器を用意するべきだと思う」


「あたしは接近戦が好き。だから、うちの子は出力上げて接近しやすくする」


 ジダイとサンゼは、今日も部室でドールについて語り合う。

 だが、いつもどおりすぐに加熱していく。


「この子はあたしが生みだしたドール。あたしの方針が優先」


「ここまで育てたのはボクだ。戦術的な育て方の方針はボクが決める」


 この場に先輩2人はいない。どんどん熱くなる2人をとめる者はいない。


「この子は、あたしの生みだしたあたしの子。だから……」


「でも、それで勝てないからボクがカスタムして育ててきたんだろう。ボクに預けろよ」


「いや。この子は渡さない」


 そう言ってサンゼが自分のドールを抱きかかえた時だった。

 部室のドアが開いた。


「おーい。2人とも~」


 開いたドアから顔をだしたのは、まだ若い女性教師の竜崎だった。この部活の顧問である彼女は、お気に入りの2人に対して丸い顔で意味深な笑顔を見せていた。


「まるで子供の養育権や教育方針について争うような会話が外までもれているわよ~。2人のことだから違うことはわかっているけど~、知らない先生が聞いたら職員室に呼びだされちゃうわよ~」


「……え?」

「……はい?」


 2人そろって何のことかわからず、しばらく悩む。

 たが、自分たちの会話を思い返し、同時に意味に気がついた。



 ――赤面。



「ちっ、ちがうですよ、先生! ボクとサンゼはそういう関係では……」


「そ、そうです。あたしとジダイが育てているのは……」


「はいはい。わかっているから~」


 竜崎は、悪戯っぽくイシシと笑う。


「2人が育てているのは、『愛』なのよね~」


「「違いますから!」」


 今日も2人は、赤面しまくるのだった。

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