腐令嬢、特定できず
「あっつ!」
リゲルが鋭く悲鳴を上げる。私が彼女の頬に、カップ入りのホットイチゴ牛乳で温めた手のひらを当てたせいだ。
「副部長がこんなところでサボり? 妄想に耽るのもいいけどいい加減にしとかないと風邪引くよ?」
振り向いたリゲルにもう一つ買ってきたホットイチゴ牛乳を手渡し、私は隣に座った。
校舎の隙間にある中庭には、屋根が付いた東屋風の休憩所がいくつか設けられている。中でもここは四季折々の花が見られるため、リゲルが気に入っている場所だ。
今も静かに舞い落ちてくる真白の背景に、薄桃色の花が健気に咲く姿が伺える。私は植物に疎いけれどリゲルは博識で、あの花はクレマチスという名前なんだと前に教わったっけ。
「あ、あの、あたし、嘘をついたわけじゃないんです。男子の運動部を見に行こうとしたのは本当で、でもよく考えたらこんな天気じゃグラウンドで活動してる部なんてないって途中で気付いて、それで……」
寒さのあまり口を開けなくなっていただけなのに、リゲルは私が黙ってるのを怒ってるせいだと勘違いしたようだ。懸命に言い訳をした――かと思ったら、しゅんと項垂れて真白の吐息を落とした。
「ごめんなさい……やっぱり嘘です。いたたまれなくなって、あの場から逃げ出しただけです」
「いたたまれなくなった? どうして?」
ホットドリンクを飲んでくちびるを解凍し、私は問い返した。
リゲルがいたたまれなくなる要素なんかどこにあったんだ?
他の者の目があるならいざ知らず、ウチの部ではクロノに誕プレ贈ったからって『第二王子に媚びちゃって〜庶民からスーパーSSRな玉の輿狙いっすか〜』といった嫌味ったらしい勘繰りをする奴などいない。レオはクロノに敵意を剥き出しただろうけど、そんなの今に始まったことじゃないし、リゲルにとっても想定内のはずだ。
「……たまたまっていうのも嘘だって、クラティラスさんにはわかったんでしょう? 本当にあたし、ダメですね。嘘と言い訳ばっかり。ああもう、何でこんなに不器用なんだろう!」
細い指先でカップを握り締め、リゲルは俯いたまま頭を振った。
「え、ごめん。話が全く見えない。どのたまたまが嘘なの? たまたまが多すぎて特定できないし、不器用さなら私も負けてないよ? そういえば娯楽室にドミノがあったよね。今から不器用勝負してみっか!?」
命を繫ぐホットイチゴ牛乳が尽きてきたので、私は遠回しに校舎に戻ろうとリゲルに訴えた。するとリゲルはそっと顔を上げて、薄く微笑んだ。
「クラティラスさんは、出会った時からずっと変わらないですね。…………羨ましいな」
最後の一言は消え入りそうに小さく、そして浮かべた笑みは触れれば雪のように溶けてしまいそうに儚くて、どこか悲しげだった。
リゲルのこんな表情は、今まで見たことがない。リアルでもゲームでも、だ。
「うー……さすがに寒くなってきました。そろそろ戻りましょうか。クラティラスさんにまで風邪を引かせたら大変ですからねっ!」
一体どうしたの、と私が言葉を発するより早く、リゲルはいつもの明るく朗らかな顔に戻って立ち上がった。私にはその姿がどこか白々しく、作り物のように映って――なのに何故か、問い質すことが憚られた。
同時に、妙な不安が胸に湧いた。
出会ってからずっと仲良しだった私達。でもこの先も、そうとは限らない。ピタリとハマっていた歯車が噛み合わなくなって、私達の関係はどんどん変わっていく――そんな予感。
きっと、いつまでもずっとは、このままじゃいられない。
懸命に振り払おうとしたけれど、それは確信に近い形で私の心に居座り――――その日はリゲルと萌え話に花を咲かせても気持ちは晴れなかった。
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