不穏の未来への花道

腐令嬢、気になる


 あっという間にゲーム本編となる高校一年生は過ぎた。


 白く染まるアステリア王国の風景を見るのは、もう何度目になるのか。確か十一で前世の記憶が覚醒したから、五回目――あと二回は確実に見られるとして、その先は――――。


 足先に鋭く走る激痛と共に、私は我に返った。



「いってぇぇぇ! 足が指が爪がががが!!」


「ぼんやりなさっているからです。来週の追試でひどい成績を取ると、最悪の場合は退学になってしまうのですよ? クラティラス様には何としても残留し共に進級していただかなくては、私も寂しい……いえ、とても困るのです。どうか家庭教師をとお声をかけてくださったレヴァンタ家の皆様にも、快く送り出してくださったイリオス殿下にも申し訳が立ちませんから」



 引っこ抜いた洗濯バサミをぷらぷらさせながら、淡々とステファニが言う。


 そう、現在私は土日の休みを返上し、初等部から続けられているステファニ式洗濯バサミ勉強法の真っ只中だ。はい……学期末試験の結果が散々で、追試を受けることになったんです……。


 一つ変わったのは、洗濯バサミを挟む位置。これまでは顔面に取り付けていたけれど、今年からは両親の要望により足の爪先になったのである。

 曰く――『高等部卒業後は王宮入りする予定なのに、このままでは洗濯バサミの跡が取れないまま嫁ぐことになりかねない』だそうで。


 そんな心配しなくても、王宮入りもしなけりゃ嫁ぎもしませんよ……何たって自分、悪役令嬢っすから。


 ああでも、断罪シーンで顔が洗濯バサミ跡だらけになってたらやだな。一応は一世一代の晴れ舞台なわけだし、そこはアップにも耐えられる美肌で……。



「あんぎゃあ!」


「また上の空になっておりましたね。早く問題を解かないと、足の爪が剥がれますよ」



 顔も痛かったけど、足の爪は本当に痛い……痛すぎる!


 室内は適度な温度に設定されているとはいえ、まだ強い冬の寒さを完全に防げるわけじゃない。ほんのり冷えた爪先から洗濯バサミをぶっこ抜かれる痛みときたら、拷問に等しいよ!


 半泣きになりながら、私はステファニに指示された問題文に立ち向かった。



「クラティラス、勉強は捗っているか? そろそろ休憩したらどうだ? 今日はマドレーヌを焼いてみたのだ。一緒にお茶をしよう」



 とここへ、やって来たるはお兄様。カートを押しながら近付いてくる麗しい笑顔に、私は心の中で感謝した。


 お兄様、ナイスタイミングよ! 実は問題文の意味すら理解できなかったんだ……危うくまたバチーンを食らうところだったわ!



「ねえステファニ、お兄様。二人にちょっと聞きたいことがあるんだけど……」



 お兄様作の絶品マドレーヌをうめぇうめぇと嬉し泣きを滲ませつつ堪能し終えると、私はそっと切り出した。



「何だ? 私なら変わらずクラティラス一筋だぞ? 私があまりに素敵すぎて心配になったのか、仕方のない奴だな。ほら、抱っこしてぎゅーしてヨシヨシナデナデしてやるからこっちにおいで」



 そう言ってお兄様は優しく微笑み、両腕を開いてカモーンのポーズを取った。

 ちげーよ、こいつはバカか。ああ、バカでしたね。知ってた知ってた。



「一筋とは笑わせますね。気持ちを拗らせて数年もシカトこいて、今更仲良くしようとイリオス殿下にまで媚売り捌きくさってやがる出戻りニワカのくせに。クラティラス様への思いなら、私の方が強いです。聞きたいこととは、このクソニワカをどう始末すべきかですよね? ご安心ください、私が誰にも知られぬよう闇に葬ります」



 ステファニが私に一礼し、お兄様に向き直る。


 ステファニってば、お兄様が私を無視するようになった経緯も知ってるんだ。二人でよく情報交換してるのは知ってたけど、かなり深い話もしてるんだな……って待て待て!



「ステファニ、ストップストップ! お兄様の首絞めないで! 死んじゃう死んじゃう!」



 やけに静かだと思ったら、ステファニは無表情のままお兄様に三角絞めを食らわせていた。お兄様は声も出せずに早くも白目を剥いている。



「大丈夫です。死体は私が秘密裏に片付けます」


「そうじゃないから! お兄様はいろいろとアレでコレでソレだけど、私にとって大切な人だから!」


「大切な人だと!?」



 するとお兄様が目をカッ開いて叫ぶ。召されかけていたけれども、私の言葉であちら側からお戻りになられたようだ。



「クラティラス、やっぱりお前は私のことを愛しているのだな!」


「戯言を抜かすな! クラティラス様は貴様などより私の方を愛している! 大人しく逝けい!!」



 ステファニがさらにきつく首を絞める。それでもお兄様はステファニごと引きずって私の元へやってきた。


 愛の力、まじすげぇ。まじ怖ぇ。って感心してる場合でも引いてる場合でもないわ!



「いい加減にせえやー! 私が聞きたいのはリゲルのことだっつーの!」

「リゲル?」

「リゲルさん、ですか?」



 途端にお兄様もステファニもぽかんとして脱力する。二人に座ってもらうと、私は改めて尋ねた。



「最近のリゲル、ちょっと変じゃない? 何というか……上の空な顔してることが多いよね? 学期末試験の成績もあんまり良くなかったし」



 全教科学年十位以内ではあったけれど、これまで常にトップスリーの座に居座っていたリゲルにしては悪い結果だったと言っていいと思う。


 何かあったのかと聞くと、私の考案したオリジナルキャラのカプに萌えすぎて勉強どころじゃなかったと答えた。


 でもあのカプ、そんなにリゲルに刺さるとは思わなかったぞ? BL初心者のレオとディアのためにそれぞれから提案を受けて二人が好む要素をモリモリ詰め込んだんだけど、モロリゲルな破天荒天真爛漫キャラとモロトカナな毒舌眼鏡キャラが恋愛そっちのけでどっちがイケてるか競い合うっていう、BL未満ブロマンスとも呼び難いギャグコメディな設定だったし。

 リゲルなら『何故エロがない!? エロを入れろ! 押し倒し合ってエロテクで競い合え! 永久機関リバエロ無限ループに陥る設定にすべき!』って文句言いそうだと思ったのにな。


 さらに心配なのは、リゲルが全く小説を書けなくなったことだ。スランプに陥ってしまったようで、この頃は全く新作を出していない。部室でも、ペンを手に取ってもいつまでも真っ白の紙の前で苦悩するばかりだったから、見兼ねて私からインプット期間を取ってみてはどうかとアドバイスしたのだ。


 萌えをたくさん吸収すれば、いずれは書きたい欲も出てくるはず。私も何度かスランプは経験したけど、その間にいろんなものを見て触れて感じて創作欲を取り戻したものよ。中でも一番効いたのは――。

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