腐令嬢、予兆す
「何でもない出会いなんか一つもないよ。
しょぼくれた顔をする江宮を、私は笑顔で元気づけた。
前世の話とはいえ、学生生活の経験の諸々は大人になってもいつまでも根深く残るという。体育教師のお母さんがそんなことを言ってたのを思い出したから。
「王子……そうですね」
そこで江宮は、やっと力が抜けたように笑い返した。輝かしいイリオスマイルとは違う。諦めたような投げやりなような、憂いよりも暗い感情が滲んで見える澱んだ笑みは、江宮のそれだった。
「ゲームに気を取られてばかりでしたけど、せっかく王子に生まれ変わったんなら王子らしいことをしないとですよね。いろいろと、僕なりに頑張ってみます」
「そうこなくっちゃ! まずは王子権限で、コミケ開催しよう! 私に任せて、アステリア王国に一大BLブームを巻き起こすこと間違いなしの同人作家を揃えてみせるよ!」
身を乗り出して迫ると、江宮はうんざりと顔を歪めた。
「あんた、本当に頭の中はいっつも薔薇色なんですね。この国にBLブームなんて起きたら真っ先に規制してやりますよ、それこそ王子権限でね!」
「うわ最低! それが王子のやることか!? ねぇぇ、江宮好みの百合絵も描くからさぁ、それを公式イラストにしてコミケ開こ? ね?」
「む、
「チッ、バレたか……じゃなくて、ちゃんと百合BLにするから! 百合ものもBLに目覚めるくらいエモエモなイラスト描くし、リゲルにも最高のストーリーを書いてもらうから! そうだ、イリオスが初めてイベントデビューしたスタジアムを貸し切ろうよ! 来年の今頃あたりに開催することにして、でも告知を出すのはは早めがいいよね? 何たってこの世界初のコミケだし!」
「だーかーらー! やらないっつってんでしょうがぁぁぁ! 人の話を聞けぇぇぇ、アホウル
とまあ、誕生日だというのにイリオスってば血管ブチ切れそうな勢いで怒り喚き、挙句の果てにはとっとと帰れと追い出しにかかってきたよ。無理矢理連れてきておいてこれとは、呆れた暴君王子である。
腹時計もそろそろ夕飯だと訴えていたし、おいとましようも立ち上がりかけたところで、私はずっと聞きそびれていたことがあったのを思い出して江宮を振り向いた。
「ねえ、今更だけど江宮の誕生日っていつだったの? そのほら、イベント事が苦手っぽいからスルーしてたけど、一回でもサプライズかましてみれば面白かったかも、なんて思ったり思わなかったり……?」
しどろもどろに言い訳じみた言葉を付け加えたのは、江宮が突然無表情になったからだ。
江宮は美しい切れ長のラインを描くイリオスアイズを何度か瞬かせると、それから軽く瞼を伏せた。
「……イリオスと、同じです。同じ日の今日、十二月五日生まれでした」
「まじか、すごい偶然だな! 江宮って、実は選ばれし者なんじゃないの!?」
私がつい大きな声を出してしまったのも、無理はない。
だって同じ誕生日で、前世のあだ名……というか大河って名前をまんま英語読みにしたようなタイガーが紋章の王家のキャラに転生してるんだよ?
しかも父親が続編ノベライズを手掛けてたって言ってたし、こんなすごい偶然ある?
偶然……? 本当に偶然なのか?
偶然にしては、出来すぎているような……。
「大神さん、今日はお祝いのケーキをありがとうございます。死ぬほど……いえ、死んで蘇ってまた死ぬくらい美味しかったです。それと僕の、江宮
「お、おう……了解でござる」
お礼を述べたイリオスに私はそれだけ告げて、慌ただしく部屋を出た。
何が気に障ったのか、わからない……なんて嘘だ。本当はわかってる。
江宮もきっと『偶然じゃない』と思ってるんだろう。もしかすると、そこに隠された意図にも予想がついているのかもしれない。
けれど私は、また知らないフリをした。江宮が口にした『王子らしいことを自分なりに頑張る』という言葉に嫌な予感を覚えたのに、気付いてないフリをした。
後に江宮はこの国の第三王子として、コミケ以上の偉業を成し遂げる。私にとって、最悪の形で。
この時、私は微かに、しかし確かに暗い未来の予兆を感じた。
にもかかわらずスルーした自分を、数年後――まさにクラティラス断罪の時に大きく悔やむことになる。
◇◇◇◇◇
応援してくださる皆様、いつも本当にありがとうございます。
ここしばらくは週二回更新で投稿しておりましたが、今週より週一投稿に変更いたします。
理由は…………データが消えたせいです……。
思い出しながら頑張って書いておりますが、私生活も忙しくなってきたのでなかなか進まず、やむを得ず投稿回数を減らすこととなりました。
高二編もまだ手つかずですので、高一編完結後にはお休みをいただくことになると思います。
お待ちくださっている皆様には、本当に申し訳ないとしか言いようがありません。
呆れのパンチも怒りのキックも受け止めますので、引き続き応援いただければ幸いです。
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